残業代を計算する際に認められる場合がある、推定計算について解説いたします。
ざっくりポイント
  • 残業代がいくらか主張・立証する責任は、原則として労働者側にある
  • 会社が資料を出さないために残業代の立証ができない場合は、推定計算が認められる場合がある
  • タイムカードの打刻がない場合は、所定始業時刻や平均終業時刻を用いるとされる

目次

【Cross Talk 】残業代の推定計算が認められる場合とは?

会社がタイムカードなどの資料を出してくれないので、残業代を計算できません。残業代がいくらかは労働者が立証しなければならないのでしょうか?

残業代がいくらかを立証するのは、原則として残業代を請求する労働者側の責任です。ただし、会社が資料を出さないために立証ができない場合は、残業代の推定計算を認める裁判例があります。

残業代を推定計算することが認められる場合があるのですね。推定計算の方法についても教えてください!

会社が原因で残業代を立証できない場合に、推定計算が認められるケースや方法について解説いたします。

未払いの残業代を会社に請求する場合、残業代がいくらかは原則として労働者の側が主張・立証しなければなりません。
しかし、未払いの残業代を証明するためのタイムカードなどの資料を、会社側がきちんと出さない場合は、残業代の証明が困難になってしまいます。

上記のような場合に、残業代の推定計算を認める裁判例があるので、推定計算がどのような場合に認められるか、推定計算の方法について解説いたします。

残業代の推定計算とは

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 未払いの残業代がいくらかを主張・立証する責任は、原則として労働者側にある
  • 会社が資料を提出しないために残業代の立証が難しい場合などは、残業代の推定計算が認められる可能性がある

未払いの残業代を会社に請求したいのですが、会社がタイムカードなどの資料をきちんと提出してくれません。

タイムカードや月間作業報告書など、本来は簡単に提出できる資料を会社が提出しないために残業代の立証が困難な場合は、残業代の推定計算が認められる可能性があります。

未払い残業代がいくらになるかの立証は請求する側

未払いの残業代を請求する場合、残業代がいくらになるのか(どのくらい残業をしたのか)を立証する責任は、原則として残業代を請求する側にあります。

残業代がいくらになるかを立証するために重要なのが、残業代がいくらであるかを証明するための証拠です。
「会社が私に支払っていない未払いの残業代は、全部で100万円です」と主張するだけでは、未払いの残業代が100万円であることを証明することにはなりません。
「残業をしたことは事実だし、会社もそれを知っている」と思われるかもしれません。

しかし、未払いの残業代について会社と争いになった場合は、事実として残業をしていたとしても、会社としては残業代を支払わないために、「残業をした事実はない」、「残業をした時間を証明しろ」などと主張する可能性があるのです。

未払いの残業代がいくらになるかについて、自分の記憶に基づいて主張をするだけでは、客観的に判断しなければならない裁判所などにとっては、基本的に十分ではありません。
未払いの残業代がいくらになるかを客観的に証明することができる、何らかの証拠の存在が重要になってくるのです。

残業代の立証ができないケース

残業代がいくらかを証明するための証拠になるものとして、始業時刻や終業時刻を打刻したタイムカードがあります。

しかし、会社が従業員のタイムカードを保管している場合は、タイムカードをきちんと提出するとは限りません。
タイムカードがそもそも提出されない、タイムカードに打刻されていない日があるなどの場合は、一般に残業代の立証が困難になります。
残業代を立証するための証拠としては、作業内容や時間などを記した月間作業報告書などの資料がありますが、会社がきちんと提出しない場合は、同じく残業代の立証が難しくなってしまいます。

証拠がない場合に推定計算を認めた事例

会社が必要な資料を出さないために、未払いの残業代がいくらかを証明する証拠がない場合に、推定計算することを認めた裁判例があります。

コマーシャルの企画制作などを行う会社に勤務していた従業員が、会社を退職した後に未払いの残業代を請求した事案です。
裁判において、会社側から従業員のタイムカードが提出されていたものの、タイムカードが抜けている月や、打刻がされていない日が非常に多いのが事案の特徴でした。
加えて、原告が作業時間などを記載した月間作業報告書の提出を求めたところ、会社側がすでに処分してしまったなどとして提出に応じなかった、という事情もあったのです。

裁判所は、残業代については支払いを求める労働者の側が、原則として主張・立証責任を負うとしました。
しかし、合理的な理由がないにもかかわらず、本来は容易に提出できるはずの資料を会社が提出しない場合は、公平の観点に照らして、推定計算が認められる場合があるとしました。

残業代請求の推定計算方法

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 残業代の推定計算方法として、タイムカードがある月とない月にわけて考える方法が示された
  • タイムカードの打刻がない場合は、所定始業時刻や平均終業時刻を用いるとされた

残業代の推定計算方法を教えてください。

あくまで事例における裁判例ですが、タイムカードの打刻がない場合に、所定始業時刻や平均終業時刻に基づいて算定する方法が示されています。

先ほどご紹介した裁判例においては、残業代の具体的な推定計算方法が示されました。
ここでは上述した事例をもとに、推定計算方法について解説いたします。

残業代の推定計算方法について解説

タイムカードが存在する月と、タイムカードが存在しない月(または存在しても打刻がほとんどない月)にわけて、それぞれ異なる計算方法を用いることが示されています。

まず、タイムカードが存在する月については、始業時刻の打刻がない部分と、終業時刻の打刻がない部分にわけて、どのように推定計算をするかが提示されました。

始業時刻の打刻がない部分については、所定始業時刻を基準にすることが示されました。
例えば、会社の所定始業時刻が午前9時からの場合は、始業時刻に打刻がない場合は、実際に始業をした時間が何時かに関係なく、一律に午前9時から仕事を始めたものとする、ということです。

終業時刻の打刻がない部分については、月ごとに算出した各平均終業時刻を用いて、それぞれの月の終業時刻とするとしています。
例えば、2月の平均終業時刻が午後9時で、3月の平均終業時刻が午後10時の場合、実際の終業時刻が何時かにかかわらず、打刻のない部分については2月は午後9時に終業し、3月は午後10時に終業したものとする、ということです。

次に、タイムカード自体が存在しない、または存在しても打刻がほとんどない月の場合は、以下のように推定計算することが示されました。

・始業時刻については、所定始業時刻を始業時刻とする
・終業時刻については、タイムカードが存在する月の平均終業時刻を用
いて、終業時刻であると推計する

例えば、会社の所定始業時刻が午前9時からの場合は、実際の始業時間にかかわらず、午前9時を始業時刻とします。

終業時刻については、タイムカードが存在する月の平均終業時刻が午後10時の場合は、実際の終業時刻にかかわらず、午後10時に終業したものと推計するということです。

上記はあくまで個別具体的な裁判例において採用された方法であり、推定計算が必要な全てのケースにあてはまる方法というわけではありません。
しかし、会社が残業時間を立証するために必要な資料を提出しないなどの特別な事情がある場合には、公平の見地から、推定計算によって残業代を計算することが認められる可能性があるということです。

まとめ

未払いの残業代を会社に請求する場合、残業代がいくらかを主張・立証する責任は、原則として請求する労働者の側にあります。
しかし、タイムカードや月間作業報告書など、本来は容易に提出できるような資料を会社側が出さないために、残業代の立証が困難な場合などは、残業代の推定計算が認められる可能性があります。
手持ちの証拠だけで残業代がいくらか立証できそうか、残業代の推定計算が認められそうかなどは、自分で判断するのは難しいので、労働問題に詳しい弁護士に相談することをおすすめします。