タイムカードがない場合でも残業代の請求はできます。そのさまざまな方法と注意点について説明します。
ざっくりポイント
  • タイムカードがなくても残業代の請求は可能
  • 残業をした証拠はあちこちに散らばっていることを意識しよう
  • 証拠を証拠として利用するためには
  • 職場に不備がある場合には、何もなくても認められる可能性が高い

目次

【Cross Talk】タイムカードがなくても残業代請求できる?

先生、私、近ごろずっと繫忙期が続いているせいで、毎日遅くまで残業をしているんですが、うちの職場にはそもそもタイムカードがないので、いったいいつ残業をして、何時間くらい残業したのかを証明することができないんです。

ちゃんとした明確な証明がないと残業代は支払ってもらえないと聞きました。サービス残業のただ働きは辛いんですよね。安い給料でも、ちゃんとした労働の対価を支払ってもらえれば、もっとがんばろうっていう気持ちになると思うんです。

確かに、タイムカードは労働時間を明確に表した証拠となるものです。職場はこのタイムカードによって、労働者がいつ、どのくらい労働したかを把握し、残業代を計算するための重要な根拠となるものです。そういう意味ではタイムカードは、残業時間を証明するには最も効果的な証拠であることには違いありませんね。

タイムカードがなくても、何とか残業代を支払ってもらえる方法はないでしょうか。

タイムカードがない!どうしたらいいの?タイムカードがなくても残業代請求したい!

始業時間と終業時間が記されたタイムカードは、残業代を請求するのに有効な証拠です。残業代を支払ってもらうには、残業の事実を証明する必要があります。タイムカードのない職場や、または定時にタイムカードを切らされていた場合には、残業をしたという証明をするにはどうすればいいのでしょうか。

残業の事実を証明するには、タイムカードの他にもいくつかの方法があります。ただ、それを証拠として提示するには、いくつかの注意点があります。その注意点をしっかり踏まえた上で、常に意識し準備しておきましょう。

特定の証拠がなくても焦らない

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 職場で使用している「業務日報」「勤怠記録」などの、記録のツールを利用する
  • メールでのやり取りは具体的な仕事の内容を記しておく必要がある
  • 買い物をしたときのレシートなど、証明できそうなものは残しておく

そもそも私の職場にはタイムカードがないんです。残業をどれくらいしたかの証明なんてできません。最近は毎日最低でも3時間は残業しています。10日間続けば30時間ということになりますよね。これがすべてサービス残業になるんでしょうか?

タイムカードは重要な証拠ですが、ないからといってそんなに焦らなくても大丈夫です。タイムカードのほかにも色々証拠となるものはありますよ。

タイムカードは従業員の労働時間を記録するものなので、残業代請求の重要な証拠となります。タイムカードがない場合には、残業代請求ができないのでは?と思いがちです。しかし、残業代請求の可否は、証拠を総合的に判断して決するので、タイムカードがないからといって焦る必要はありません。他の証拠を見てみましょう。

業務日報

職場によっては、業務日報をつけている場合があります。業務日報というのは、自分の行った仕事の、今日一日の報告書のことです。つまり営業職なら誰とどこで会ってどのような契約をしたか、成果はどうだったかなどを記録して報告をするものです。業務日報にはいつどこで何をしたのか、毎日の仕事の記録が具体的になされていますので、とても有力な証拠となります。

勤怠記録

会社が社員の毎日の出退勤の時間や欠勤を記録し表にしてまとめ、記録したものが勤怠記録です。この記録も証拠としてとても有力なものになります。また、営業や出張などで、直行直帰した場合、職場へ連絡をしたときの記録も、有力な証拠となり得ます。

メールの送信履歴

仕事で行ったメールの送信の履歴なども、有力な証拠のひとつです。そのメールのやりとりが行われていた時間は確実に仕事をしていたという証になります。ただし、個人のスマホでメールをしていた場合には、社外メールだと言われる可能性がありますので、注意が必要です。

なお、個人のスマホなどを使ってメールをする場合には、この仕事が上司から残業を命じられて行っているものであることを明記すること、仕事の内容が具体的であること、仕事の終了時間を明確に記しておくこと、など誰が見ても分かるような内容にしておくことが望ましいでしょう。

買い物レシート

業務の一環として買い物などした場合、レシートを残しておくことも忘れないようにしましょう。レシートには時間が明示されていますので、これが証拠書類となることもあります。

パソコンのログイン履歴

個人が使用するパソコンがある場合には、ログインの履歴も証拠となります。この場合はほかの人は使わないことが確実であることが求められますので、注意する必要があります。

このように、タイムカードのほかにも色々と、残業を証明するツールはたくさんありますが、なにが証拠となるかは事案によって異なるので弁護士に相談するようにしましょう。

メモや日記を証拠とするときの注意点

知っておきたい残業代請求のポイント
  • メモや日記を証拠とする場合には、ただ記録だけしていてもダメ
  • 具体的な内容の記入、具体的な時間の記入をする
  • メモを取らなければいけなくなった理由を説明できるようにしておく

タイムカードがない職場なので、毎日の出退勤時間を日記につけています。この日記を証拠とすることはできるでしょうか。

メモや日記が、証拠となる場合もあります。ただし、ただ毎日時間のみを記録しているだけでは、証拠として認めてもらうには難しいかも知れません。証拠には裁判官を納得させる「客観性」が重要です。日記やメモを証拠とする際の注意点を説明しましょう。

タイムカードがない場合でも、ご自身が記載したメモや日記などが証拠として利用できる可能性もあります。ただ、メモや日記などは、ご自身で記録していることから客観性が高いとは言えません。裁判で請求する際には、証拠で裁判官を納得させるために客観性が重要です。そこで、証拠として認めてもらうためには以下の2点に気を付ける必要があります。

  • 日課として日々毎日機械的に記録している
  • 詳細かつ具体的なことが書かれている

毎日機械的に記録していると、証拠としての信ぴょう性が高くなります。記載についても具体的な数字があると良いでしょう。単に、「8:50出社、19:00退社」とするよりは、「8:58出社、19:03退社)などと1分単位で記載があるほうがより、客観性が高いといえるでしょう。それに、あとから思い出してまとめて記載したのではなく、毎日こまめに記載した日記の方が客観性は増します

証拠が一部期間ない場合にも残業代請求ができる?

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 会社側がタイムカードに記載しなくてよいといった事例では証拠がなくても残業代請求ができる可能性がある
  • 一部期間の記録のない場合でもほかの部分の証拠が正確ならば、請求できる可能性がある
  • 証拠が一部なくてもあきらめないで専門家に相談するべき

証拠を一生懸命集めたのですが、それでも一部の期間は証拠が見つかりません。残業代請求ができないのでしょうか。

証拠が一部期間ないケースでも残業代請求が認められています。証拠が一部期間なくてもあきらめないでください。それでは、2つの裁判例を見てみましょう。一つは会社側がタイムカードに労働時間を記載しなくても良いとした事案で、もう一つは、他の期間の労働時間が立証されて、タイムカードがない期間についても業務内容に大きな変化がなかったといった事案です。


証拠が一部期間ない場合でも、まだあきらめてはいけません。裁判では、特定の証拠が欠けている場合でも他の証拠を踏まえて、総合的に判断されます。そこで2つの裁判例を見てみましょう。

日本コンベンションサービス事件割増賃金請求事件:大阪高判平成12・6・30労判792号103頁

会社側の指示によって、タイムカードに記録がされていない部分があったのですが、タイムカードに記載をしなくていいと決めたのは会社側という事例でした。

「労働時間を掌握する責任は使用者側(会社側*筆者注)にあり、一旦、その労働時間性を承認して、タイムカードへの打刻等を認め、訂正等を求めていない以上、仮に、その取り扱いが不合理で、従前の扱いでは業務に含まれないというのであれば、その点の立証はその点の立証は第一審被告(会社側*筆者注)がなすべきである。しかし、右立証がなされているとは到底いえない。また、一部形式的に不備なものが認められるとしても、これにより直ちにタイムカードの信用性が損なわれるとはいえない。」と判断しています。

そして「タイムカードに始業時刻あるいは終業時刻の記載がない場合、平日については労働していないことの反証がなされていない以上、所定時間労働したものと推認すべきである……。」と判断しました。(ただし休日の時間外労働については認定できないとの判断がされています。)

他の期間おける割増賃金を推計した事件として、大虎運輸事件:大阪地判平成18・6・15労判924号72頁

一部の期間について、証拠を提示できていなかった場合でも、残業代請求が認められたケースがあります。大虎運輸事件(大阪地判平成18・6・15労判924号72頁)では、トラック運転手がタコグラフ(自動車に搭載される運行記録計器)に記載された時間をもとに残業代請求を行った事案です。

請求が認められた理由としては、「原告らの業務内容,配送先などに(ママ)自体に大きな変化はないことが窺え(弁論の全趣旨),総労働時間,時間外労働,休日労働の各時間は,基本的に給与の支給額に比例すると考えられる。」といったことや、「本件6か月における給与支給額と割増賃金の比率は,別紙割増賃金算定表の比率欄記載のとおりであ」ることが挙げられています。

そして「上記6か月の期間における最低の比率を採用し,他の期間のそれぞれの給与(別紙割増賃金算定表の支給額欄)にこれを乗じることによって,他の期間における割増賃金を推定することができると考える。」と判断されています。

つまり、業務内容などに大きな変化がないこと、他の部分の証拠が正確であること、といった場合については残業代請求が認められる可能性が残っていると言えます。

証拠がまったくない場合に残業代請求の可能性

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 会社側が証拠を提出しないならば、残業代請求できる可能性は残されている
  • 残業時間の証拠がない理由が、会社側の管理不十分などの場合は、残業代請求の可能性が残されている

会社が証拠を全部持っている場合は、こちらから提出できる証拠はほとんどありませんよね。そうしたら、泣き寝入りするしかないんでしょうか?

証拠を提出できない理由が会社側にある場合には、公平の観点に照らして、労働時間を推計するという方法もあります。証拠が入手できない場合であっても、残業代請求の可能性はまだありますので、あきらめないでください。2つの裁判例から見てみましょう。


証拠を集めようとしても、会社が有力な証拠を持っていて、こちらからは提出できない。一見、そんな場合には、泣き寝入りするしかないかと思いでしょう。しかし、証拠を提出できない理由が会社側にある場合には、請求者側で証拠を提出できなくても、残業代請求が認められる場合があります。2つの裁判例を見てみましょう。

スタジオツインク事件:東京地判平成23・10・25労判1041号69頁

この事案は、スタジオツインクという記録映画やテレビCMの企画などを業務としている会社で、そこで働いていた従業員たちが、退職後に残業代の支払いを請求したものです。使用者側に証拠があるのに全く出さない場合、公平の観点に照らし「合理的な推計方法」によって労働時間を総計しました。

この会社は、ちゃんとした明白な理由もないのに、従業員が行った残業についての証拠を廃棄し、また、まったく提出しようとしませんでした。つまり、会社側からは労働時間の正確な記録の提出が期待できない状態であるため、この時の従業員の労働時間の方法については、従業員たちが自らメモなどの記録を残しておいたものから労働時間の推定をしても、それがもっとも合理的であり公平であるとの解釈がなされたものでした。

ゴムノイナキ事件:大阪高判平成17・12・1労判933号69頁

この事案は、工業用ゴム製品などを販売する会社であるゴムノイナキの従業員たちが、連日続いた深夜残業や休日出勤についての残業代の未払い分について、支払いを請求したものです。終業時刻を裏付ける証拠はないものの概括的に労働時間を推計した事件です。

この会社は、従業員の出退勤の管理について、タイムカード等を使わずに行っていました。また残業や休日出勤の場合には「休日出勤・残業許可願」という書類に記入して所属長に提出をして、許可をもらわないといけないということを定めてはいました。しかしほとんどの場合、その日の間に終わらせてしまわないといけないような仕事内容な上に、その仕事の量は残業せずには終われないものばかりでした。そしてそれがほぼ日常的に、当たり前のように繰り返されていたため、いちいち所属長の許可を得ることなく残業や休日出勤は行われていたのです。

出勤管理を行っていなかったのは会社側であることは明白であったため、これは明らかに会社側の責任ということとなり、従業員たちから提出された証拠によって、従業員たちが主張した労働時間は認められることとなりました。

まとめ

残業代請求では証拠が大切ですが、特定の証拠がない場合でも残業代請求をあきらめてはいけません。立証が難しいかもしれない!?と思いましたら、ぜひとも専門家にご相談ください(弁護士の探し方については、「未払い残業代請求について弁護士の探し方や相談の仕方とは?」を参考にしてみてください。)。
本コラムと関連したものとして、「未払い残業代請求のための証拠の集め方」や「私の残業代はいくら?残業代計算方法【図解で分かり易く解説】」があるのでそちらもご覧ください。