持ち帰り残業が労働時間に当たる条件を詳しく解説します。
ざっくりポイント
  • 使用者の指揮命令下に置かれていた場合には労働時間に当たる
  • 上司の指示で持ち帰り残業した場合は労働時間に当たる
  • 上司の黙示の指示により持ち帰り残業した場合も労働時間に当たる
  • 自主的に持ち帰り残業をしても労働時間には当たらない
  • 持ち帰り残業は「労務災害」「公務上の災害」に当たる
 
目次

【Cross Talk】意外と多い「持ち帰り残業」

会社の方針で20時以降は残業禁止になっているのですが、繁忙期は20時では仕事が終わりません。結局、家に持ち帰って深夜まで仕事をしているのですが、会社からはその間の残業代をもらえません。これっておかしくないですか?

いわゆる「持ち帰り残業」も、使用者の指揮命令下に置かれていたと認められる場合は労働時間に当たるとされています。上司の指示によって持ち帰り残業をした場合など、労働時間に含まれる場合には残業代を請求することができます。

残業代を請求できるんですね!

持ち帰り残業でも残業代を請求できるか知りたい!

社会問題ともなった長時間の労働を是正するため、あるいは残業代のコストを削減するため、一定時間を超える残業を認めない方針をとる会社が増えてきました。

しかし、実際には、会社に残って仕事をさせなくなっただけで、自宅に持ち帰って仕事をすることを指示されたり、明確な指示はなくても持ち帰って仕事をしなければとうてい終わらない量の仕事を命じられたりすることがあります。

このような「持ち帰り残業」も労働時間(残業時間)に含まれるかどうか解説いたします。

家に持ち帰った仕事は残業になるの?

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 使用者の指揮命令下に置かれていたと言えるかが重要
  • 持ち帰り残業であっても使用者の指揮命令下と評価できる場合がある

家に持ち帰って仕事をした場合も残業といえるのですか?

労働時間に当たるかどうかは、使用者の指揮命令下に置かれていたといえるかが重要です。持ち帰り残業であっても使用者の指揮命令下に置かれていたと評価できる場合には、労働時間に当たり、残業代を請求することができます。

持ち帰り残業って?

本来は会社でするべき仕事を終業時間後に自宅などに持ち帰ってすることを「持ち帰り残業」と言います。かつては、仕事で必要な資料や書類を風呂敷に包んで持ち帰ったことから「風呂敷残業」と呼ばれることもありました。

現代では、パソコンやインターネットが普及したことで、自宅のパソコンから会社のサーバーにアクセスするなどの方法がとられることもあるので、「クラウド残業」「モバイル残業」「Eメール残業」など、さまざまな呼び方があります。このような会社の外でする仕事も労働時間と認められるでしょうか?

労働時間の定義と裁判例

最高裁は、労働時間とは何かについて、次のように判断しています。

三菱重工長崎造船所事件(最判平成12・3・9民集54巻3号801頁)
労働基準法にいう労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではないと解するのが相当である。

つまり、使用者の指揮命令下に置かれていると評価できるかが基準になるということです一般的に、自宅での作業となると、時間的・場所的拘束がなく、上司が直接的に指示をすることもないので、使用者の指揮命令下に置かれていたとは言いにくいでしょう。

しかし、具体的な事実関係のもと、例外的に使用者の指揮命令下に置かれていたと評価できる場合もあり、そのような場合には、持ち帰り残業も労働時間に当たると考えられます。どのような場合に使用者の指揮命令下に置かれていたといえるのかについては、以下で具体的に解説します(労働時間一般については、「「残業」とは?残業の種類と定義について」を参考にしてみてください。)。

上司の指示がある持ち帰り残業は?

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 上司の指示で持ち帰り残業した場合は、使用者の指揮命令下に置かれていたと言える

うちの会社は残業禁止で、定時で終わらなかった仕事は自宅に持ち帰ってやるようにと上司から指示されています。残業代を請求できますか?

上司の指示がある場合、使用者の指揮命令下に置かれていたといえるので、労働時間にあたり、残業代を請求することができます。

会社で残業が禁止されており、上司の指示に基づいて持ち帰り残業をしているような場合、労務を提供する場所が会社か自宅かという違いがあるだけで、使用者の指揮命令下に置かれていたと評価することができます。

したがって、上司の指示で持ち帰り残業をした場合、労働時間に当たり、残業代を請求することができます。

持ち帰り残業が暗黙の了解になっていたら

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 上司の黙示の指示がある場合には使用者の指揮命令下に置かれたといえる
  • 黙示の指示があったと言えるかは、仕事の量などを総合的に検討する
  • 持ち帰り残業、黙示の指示の認定には、証拠が重要

上司がはっきりと指示をするわけではないのですが、仕事の量が多くて自宅に持ち帰ってやらざるを得ません。上司もそのことを知っているはずです。残業代はもらえますか?

上司の暗黙の指示があったと認められる場合には、使用者の指揮命令下にあったものとして労働時間にあたり、残業代を請求できると考えられます。

黙示の指示があると認定されれば、労働時間といえる

2.と違って上司が明確に指示はしていないが、自宅に持ち帰って仕事をするのが暗黙の了解になっている職場もあるでしょう。そのような場合、使用者から、「持ち帰り残業をしろと指示したことはない」などと反論されることが予想されます。

しかし、明確な指示がなかったとしても、使用者が、労働者が残業をしていることを認識しながらこれを黙認していた場合、使用者の黙示の指示があったものといえ、労働時間に該当し残業代請求ができます。

行政解釈では、客観的にみて正規の勤務時間内に処理できないことが分かるような仕事を上司に命じられて残業した場合には、黙示の指示があったとして時間外労働となると解釈されています。(昭和25年9月14日基収2983号)

裁判例でも、労働者が勤務時間整理簿を作成・提出していた事案について、労働者が整理簿を提出し、上司がその記載内容を確認し、労働者の時間外勤務を知っていながらこれを止めることはなかったことから、少なくとも黙示の時間外勤務命令は存在したというべきと判断したものがあります(ピーエムコンサルタント事件:大阪地判平成17・10・6労判907号5頁)。

他にも、始業時間が午前8時35分、終業時間が午後5時もしくは5時35分、午後7時以降の残業には上司に残業の申告が必要であって、終業時間以降の残業が常態化していた事案では、午後7時までの残業については黙示の指示があったとして残業代請求が認められた裁判例もあります(京都銀行事件:大阪高判平成13・6・28労判811.5)。

持ち帰り残業をしていることを知らなかったと反論された場合は?

ただし、持ち帰り残業の場合、職場に残って仕事をする場合と違い、使用者が「持ち帰り残業をしていることを知らなかった」と反論する可能性があります。

この点については、上司から任された仕事の量が終業時間内に終わるようなものか、終業時間以後も会社の設備を使用することができるのか、資料や書類、データの持ち出しを認めているのかなど諸般の事情から、総合的に判断されることになるでしょう。

たとえば、

  • 上司から終業時間内にはとうてい終わらない仕事を「明日までにやれ」などと指示された
  • 会社は一定の時刻で消灯されて設備が使えなくなる
  • 書類やデータの持ち出し、自宅のパソコンから会社のサーバーへのアクセスなどが可能であった

等の事情があった場合、上司がはっきりと言葉にはしていなくても、「終業時間までに終わらなければ自宅に持ち帰ってでも終わらせろ」と言っているようなものですから、黙示の指示があったと認められると考えられます。

持ち帰り残業の認定には証拠が重要

持ち帰り残業,黙示の指示が認定されるには,証拠が特に重要になってきます。証拠の集め方につきましては、別のコラム(未払い残業代請求のための証拠の集め方)を参照して下さい。

上司の指示のない、自発的な持ち帰り残業は?

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 自主的な持ち帰り残業は労働時間には当たらない

期限には余裕があるけど自発的に自宅に持ち帰って仕事をした場合はどうなりますか?

自発的な持ち帰り残業の場合、使用者の指揮命令は及んでおらず、労働時間には当たらないと考えられます。

たとえば、労働者が「期限にはまだ余裕があるけど期限ぎりぎりになってあわてるのが嫌だから早めに済ませよう」など考え、自発的に持ち帰り残業をしたとします。

このような上司の指示がない自発的な持ち帰り残業の場合、持ち帰り残業をするかしないか、するとして何時間仕事をするかといったことは、完全に労働者の自由です。持ち帰り残業をしなくても構いませんし、するつもりで資料などを持ち帰ったが結局しなかったとしても、上司にとがめられることもないのです。

このような実態からすると、自発的な持ち帰り残業の場合、使用者の指揮命令下に置かれているとはいえず、労働時間には当たらないので、残業代も請求できないということになります。

【合わせて読む】持ち帰り残業と労災の関係

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 持ち帰り残業を原因とする病気も「業務災害」「公務上の災害」に当たる場合がある

残業代請求とは関係ない質問をしてもいいですか?持ち帰り残業を長時間したせいで体調を崩した場合、労災の対象になるんでしょうか?

長時間の持ち帰り残業を原因として発病した場合、業務に起因するものとして労災保険の対象になる可能性があります。

持ち帰り残業での負傷や発病は労災にあたる!

労働者が業務上の事由または通勤中に負傷したり病気にかかったりした場合、労災(労働者災害補償保険)から保険給付を受けることができます。公務員の場合も、公務を遂行する上で負傷したり病気にかかったりしたときは、国家公務員災害補償法または地方公務員災害補償法による補償を受けることができます。

労災について詳しく知りたい方は、「残業時間・過労死ラインは80時間?100時間?労災認定の基準」を参考にしてみてください。

労災の認定には業務との因果関係が大きな壁となる

過重な労働によって脳や心臓の疾患、精神障害を発症した場合も、労災や公務員災害補償の対象になります。ただし、事故による負傷等と違って脳や心臓疾患、精神障害は、通常は複数の要因が考えられるので、業務または公務に起因する(因果関係がある)と言えるかの判断は簡単ではありません。

そこで、厚生労働省は、国民にわかりやすく、迅速に判断できるようにするため、脳・心臓疾患と精神障害についてそれぞれ労災認定基準を作成・公表しています。どちらも長時間の労働の実態があれば業務との因果関係が認められやすくなっています。

参考:厚生労働省「精神障害の労災認定」(参照 2019/2/17)

参考:厚生労働省「労災補償関係リーフレット等一覧」(参照 2019/2/17)

持ち帰り残業で業務との因果関係が認められた裁判例

持ち帰り残業の場合、労働時間や労働の内容などに関する客観的証拠が乏しいことが多く、労働の実態を把握することが難しいという特徴があります。

そのため、業務との因果関係が明らかではないとして、労災が認定されにくい傾向がありましたが、近年、持ち帰り残業についても業務との因果関係を認める裁判例が出されるようになりました。

神戸地判平23・12・15(判タ1367号134頁)
【事案の概要】
市立小学校の6年生の担任として勤務していた教諭(原告)が、くも膜下出血を発症して後遺症が生じたのは公務に起因するとして公務災害認定請求を行ったところ、公務外であるとの認定処分を受けたため、その処分の取消しを求めた事案。
【裁判所の判断】
結論として原告の疾病の発症は公務に起因するものと認めました。
<過重性を認めた理由>
  • 原告の夫や同僚が原告の発症後に作成した勤務状況および生活状況をまとめた表は、自らも小学校教諭である原告の夫の記憶、原告の備忘録・年休簿、同僚の記憶及び経験を参考にして作成されたものであり、合理的であり信用できる
  • 上記表によれば、原告の週当たりの各平均時間外労働は発症前約2か月が24.17時間、発症前1か月が30.80時間であり、いずれも本件通知による基準を上回っている
  • 原告は、夕食後に夫や子供らが居るリビングのテーブルで、夫と向き合って持ち帰り作業を行っており、ときにはテレビを見ながら行うこともあったとしても、時間外に公務を行っている以上、これを原告の時間外勤務として評価すべき
  • 仮に学校での時間外勤務の負担と持ち帰り作業の負担を全く同様に評価することができないとしても、原告の持ち帰り作業の実態に照らせば、持ち帰り作業の負担が過重ではなかったはいえない
<過重業務との因果関係>
「そうすると,……本件疾病発症前に,原告に高度の疲労を来たすような過重な公務があり,本件記録上,原告が有していた高血圧症がその自然経過において増悪し,本件疾病が発症したと認めるに足りる証拠はないことにかんがみれば,原告の過重な公務負担が,原告の高血圧症を自然経過を超えて増悪させた結果,本件疾病が発症したものと認められる。」
「したがって,本件疾病と原告の公務との間には,相当因果関係が認められるというべきである。」

 

このような判例の説明では難しいかと思いますので、以下の通りフローにしました。

 

【神戸地裁判決の判断の枠組み】
具体的な事情から、過重業務の認定がされた

業務と結果(疾病)はつながっている

そのほかに疾病を発症させる原因は証拠上ない。(自然経過を超えて疾病が増悪した)

相当因果関係は認められる(業務起因性)

<参考判例>横浜南労基署長(東京海上横浜支店)事件(最高裁平成12年7月17日第一小法廷判決・集民198号461頁)

まとめ

持ち帰り残業について解説しましたが、参考になったでしょうか。持ち帰り残業であっても残業代を請求することができる場合があるので、泣き寝入りすることはありません。
ただし、持ち帰り残業の場合、タイムカード等がないため、労働時間の把握が難しく、残業代を請求したくても十分な証拠がないという事態もありえます。
持ち帰り残業でお悩みの方は、早急に労働問題に詳しい弁護士に相談し、持ち帰り残業が労働時間に当たるのか、労働時間を立証するためにどのような証拠が考えられ、どうやって入手すればいいのかなどについて、助言を受けるといいでしょう(弁護士の探し方や相談の仕方については「未払い残業代請求について弁護士の探し方や相談の仕方とは?」を参考にしてみてください。)。