労災認定基準の過労死ラインの定義は、一般の認識と多少のズレがあります。適切な知識を知ることで自分を守れるようにしましょう。
ざっくりポイント
  • 過労死ラインは労災認定基準のうち、脳・心臓疾患等に関する認定基準
  • 直近2~6カ月の場合は80時間1カ月の場合は100時間が一つの基準
  • 過労自殺の場合も長時間労働が評価要素

目次

【Cross Talk 】過労死ラインと労災認定基準とは?

働きすぎて過労死する事例が後を絶たず、度々問題となっているようです。
残業代請求訴訟の際、就業規則に記載の固定残業代の有効性を争う基準として、「過労死ライン」等を参考に争う場合がありますが、この過労死ラインとはどういうものなのでしょうか。
また、会社の業務で死亡した場合、一般的な感覚では「過労死」と言った認識をもちますが、法的評価としての労災認定実務上とどういった点での違いがあるのでしょうか。

ご相談者様はなかなか良い視点でご質問されていますね。
冒頭導入部分でも触れましたが、テレビや新聞等の報道で見かける「過労死ライン」とは、一般に、労災認定基準における、「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)」の認定基準の1つを指します。

説明が難しくなるので、ここでは、主に脳・心臓疾患等に関する労災認定基準に焦点を絞ることとします。
また、会社の業務において死亡した場合、その死亡が会社の業務との因果関係(正確には「相当因果関係」)が認められ、対象疾患である場合に、「過労死」との認定を受けることができます。したがいまして、死亡した場合に、死亡原因の特定がされていない場合や、死亡診断書等に対象となる「疾患名」がない(例:端的に「脳卒中」は脳血管疾患の総称であり、「くも膜下出血」等疾患名の特定が必要)場合には、労災認定はされません。

なるほど、一般的な意味での「過労死」と労災認定実務上の「過労死」では定義が異なるということですね。

労災認定実務上の過労死ラインの基準とはどのように考えられるのか

働きすぎて死に至る「過労死」。労災認定基準上の「過労死」と一般的な認識の「過労死」とは、その内容面において意味が異なります。
また、一般に「過労死ライン」と呼ばれるものは、器質性疾患(症状や疾患が臓器・組織の形態的異常にもとづいて生じている状態)である、脳・心臓疾患等に関する労災認定基準(厚生労働省平成13年12月12日基発1063号)の事を指します。

他方で、「過労死」としては、昨今問題となっている精神性疾患(うつ病等)の非器質性疾患による「自殺」も労災認定基準に該当する場合には、過労死として労災認定されます。

本コラムでは、器質性疾患である脳・心臓疾患等に関する過労死基準(「過労死ライン」)に加えて、精神性疾患の過労自殺についての基準も合わせて解説します。

100時間残業の実態

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 100時間残業の実態とはどのような状態か
  • どのような会社に100時間を超える残業がおおいか

100時間もの残業があるような状態の想像がつかないのですが…。

勤務を月20日で考えれば、1日5時間です。18時が定時の人だと毎日23時に退社する生活を強いられることになっていると考えましょう。


100時間以上もの残業をしている人の実態はどのようなものでしょうか。

残業100時間の生活とは?自由の時間はある?

まずは残業が100時間以上あるような生活がどのようなものでしょうか。
わかりやすいように、18時が定時の方が、月に20日勤務した場合、月に100時間残業すると仮定します。

そうすると、1日の残業時間は5時間で、仕事が終わるのが23時ということになります。
通勤に1時間以上かかるような場合には、自宅に帰宅できるのは午前0時を回ります。
一人暮らしの場合には、勤務後に食事やショッピングを楽しむことができないのはもちろん、掃除や洗濯・入浴など日常生活に必要な時間すら削られることになりかねません。

結婚をして家庭を持っているような場合には、家族との食事や、会話をするようなこともままならず、家族が就寝後にようやく帰宅できる、という方もいらっしゃるのではないでしょうか。
こうなってしまうと、せっかくの休みに、生活必需品の購入に行く、掃除・洗濯をまとめて行うといったことが必要となります。
日常的な趣味を楽しむ時間もなければ、資格取得など長期的に取り組むようなことを行えない、ゆとりのない生活を強いられることになります。

残業100時間以上の会社で勤務していた人の実態とは

実際の過去の事件より、残業100時間以上の会社で勤務していた人の実態を確認してみましょう。

例1:ディーソルNSPの事例
ソフトウエア開発会社で働いていた28歳男性は、多い月で180時間もの残業を強いられていました。
このような長時間労働を余儀なくされることになると、自宅に帰ることすらできなくなってしまい、この男性は職場近くのネットカフェに泊まっていたとされています。
その結果適応障害を発症し、21日間連続で勤務した後に建物から飛び降りて亡くなりました。
本件では労働災害と認定され、会社と親会社に4千万円の支払いが命じられました。

例2:電通の事例
広告代理店で働いていた24歳女性は、多い月で130時間もの残業を強いられていました。
女性はツイッターで、「休日返上で作った資料をボロくそに言われた」「眠りたい以外の感情を失った」「土日も出金しなければならないことがまた決定し、本気で死んでしまいたい」などと投稿するようになります。
上記から「髪がボサボサ、目が充血したまま出勤するな」と告げられていたこともあり、身支度をする余裕すらなくなっていたこともうかがわせます。

大きく報じられましたが、女性は2015年12月25日に社員寮から飛び降りて自殺。
本件は労災が認定された上で、会社には罰金50万円の刑事処分が下されました。

労災認定の基準

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 労災認定基準とは業務災害と通勤災害に対し、労災保険の補償を受けられるかどうかの認定の根拠となる基準である。
  • 業務災害とは労働者の業務上の負傷、疾病、障害または死亡をいい、過労死は業務災害にあたります。

「過労死ライン」という言葉と合わせて、「労災」という言葉ななんとなく耳にすることがありますが、その労災における「労災認定の基準」とはどういったものなのでしょうか。

ざっくり言うと「労災」とは労働の起因した災害です。「過労死ライン」はその「労災認定の基準」の一つです。詳しく説明しましょう。

労災とは

労災(労働災害)とは、労基法75条に規定される、会社の労働者の休業補償義務の実効性を担保する目的で成立した、労働者災害補償保険法により給付される、業務災害に関する保険給付と、通勤災害に関する保険給付をあわせた総称を言います。
労災認定基準とは、一般的には、労基法75条2項に基づく、労基法施行規則別表第一の二及び別表第二(第四十条関係)(身体障害等級表)などに記載される、対象疾病及び身体等級に関する認定基準を指します。また、過労死ラインに関する認定基準は、上記別表第一の二 8号(及び9号)が該当します。

労災保険の補償の対象となるのは、「業務災害」と「通勤災害」です。
なお、「労災認定」の申請場所は、各事業所(会社の本店所在ではなく、勤務先の事業所所在地)を管轄する労働基準監督署に対して行います。

業務災害か否かの判断基準

業務災害か否かの判断の基準は、業務遂行性(業務と一定の関連するものであること)と業務起因性(業務と傷病等の間に一定の因果関係があること)が前提となります。これらの前提がある場合であって、既述の労災認定基準を満たす場合に、労災認定を受けることができます。

過労死の場合を例に説明すると、単に「業務をしなければ疾病により死亡しなかった」という条件関係が認められるのみでは、労災認定はされません。業務と疾病による死亡との間に相当因果関係が存在する場合に労災認定なされます。

通勤災害か否かの判断基準

通勤災害か否かの判断の基準は、「通勤」にあたるかどうかであり、合理的経路からの「逸脱」、移動の「中断」がある場合は、労災認定基準における「通勤」に該当せず補償の対象とはなりません。

過労死ラインとは?

知っておきたい残業代請求のポイント
  • いわゆる過労死ラインは、直近2~6カ月の場合は80時間、1カ月の場合は100時間とされる
  • 精神障害による過労自殺は1カ月で160時間、3週間で120時間以上が一つの目安
  • 「過労死」は「karoshi」として世界共通語になりつつある

災が認められるには、労災認定基準を満たす必要があることがわかりましたが、ここで話題の中心となっている、「過労死」の認定基準は具体的にはどのようになっているのでしょうか。

過労死の認定基準とは、一般に認識される「過労死ライン」にて抵触する場合と、精神障害の労災認定基準があります。

脳・心臓疾患等の認定基準(過労死ラインの基準)

脳・心臓疾患等の認定基準における認定要件は、業務による明らかな過重負担を受けたことにより発症した脳・心臓疾患か否かであり、その具体的な要件は、以下の3つ挙げられており、1つでも該当すれば一応の基準を満たしますが、最終的には総合判断となるので、複数の要件を満たすほど、より労災と認められやすくなります。
1.発症直前に異常な出来事に遭遇したこと
2.短期間の過重業務に就労したこと
3.長期間の過重業務に就労したこと
上記のうち、特に3.が訴訟における恒常的な長時間労働の違法性認定の一般的基準としてもちいられる場合があることを指し、「過労死ライン」などと呼称されています。

過労死ラインによる評価期間は概ね6カ月とされ、過重負荷の有無の判断につき、労働時間に着目すると、下記の基準で過重負荷の有無が認定されます。
(1)発症前1カ月間ないし6カ月間にわたって、1カ月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合は、業務と発症との関連性が弱いが、おおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まると評価される。
(2)発症前1カ月間におおむね100時間また発症前2カ月間ないし6カ月間にわたって、1カ月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価される。
参考:厚生労働省「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について

精神障害の労災認定基準(過労自殺ラインの基準)

上記の脳・心臓疾患の場合の過労死ラインとは別に、精神障害により過労自殺した場合の認定基準がありあります。この場合には、業務による心理的負荷について、長時間労働による負荷の度合が「強」となる場合として3通りの視点が想定されています。

長時間労働がある場合の評価方法
発病直前の極めて長い労働時間を評価します。
1.「特別な出来事」としての「極度の長時間労働」
発病直前の極めて長い労働時間を評価します。
【「強」になる例】
・発病直前の1カ月におおむね160時間以上の時間外労働を行った場合
・発病直前の3週間におおむね120時間以上の時間外労働を行った場合

2.「出来事」としての長時間労働
発病前の1カ月から3カ月間の長時間労働を出来事として評価します。
【「強」になる例】
・発病直前の連続した2カ月に、1月当たりおおむね120時間以上の時間外労働を行った場合
・発病直前の連続した3カ月間に、1月当たりおおむね100時間以上の時間外労働を行った場合

3. 他の出来事と関連した長時間労働
出来事が発生した前や後に恒常的な長時間労働(月100時間程度の時間外労働)があった場合、心理的負荷の強度を修正する要素として評価します。
【「強」になる例】
・転勤して新たな業務に従事し、その後月100時間程度の時間外労働を行った場合
※ ここでの「時間外労働」は、週40時間を超える労働時間をいいます。

参考:厚生労働省「精神障害の労災認定」

【合わせて読む】過労死:karoshiは日本発の言葉

日本語の過労死は英語では「: karoshi, overwork death」と表記されています。
過労死は、日本特有のものと思われがちですが、日本国外においても働き過ぎで死亡する例があることから、日本の「過労死」という概念が注目され、世界的に関心が高まっています。

100時間以上の残業は違法?

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 残業時間には上限がありそれを超えると違法
  • 違法な残業についての対処法や相談先

長時間労働と労災認定の関係についてよくわかりました。ところで月に100時間以上残業させることは違法ではないのですか?

違法です。その根拠と対処法、相談先について確認しましょう。


100時間以上の残業は違法となるのですが、その根拠と対処法、相談先を知っておきましょう。

100時間以上の残業が違法な理由

まず100時間以上の残業は違法であるのですが、それ以外の長時間残業が違法となる場合と併せて確認しましょう。
まず、残業についてはいわゆる36協定がなければさせること自体ができません。
万が一36協定がない状態である場合には、100時間どころか1分でも残業させることが、労働基準法36条1項に違反することになります。

36協定がある場合には、月45時間、年360時間が上限となります(労働基準法36条4項)。
特別条項付き36協定がある場合の時間外労働の上限は、

  • 1ヶ月100時間
  • 2~6ヶ月平均80時間以内
  • 年間720時間
    が上限で、月に45時間以上の時間外労働をさせることができるのは年6ヶ月までです(労働基準法36条6項)。

    対処法

    そのような会社は辞職して転職をする以外には、次のような方法が考えられます。
    まず、違法な長時間労働について、会社の人事担当が労働基準法等の規定に詳しくない可能性がありますので、会社と交渉をしてみましょう。

    そもそも会社が労働基準法などを守るつもりがない場合には、労働基準監督署に申告し、行政指導・刑罰を通じて対処をさせることが考えられます。
    会社を辞職する場合には、長時間労働をさせたこと自体に対して10万円~30万円程度の慰謝料を認める裁判例も存在します。
    残業代の支払いがされていない、一部しかされていないような場合には残業代の請求をきちんとするようにしましょう。

    相談先

    長時間残業が常態化している場合に、どのような人に相談をすれば良いのでしょうか。
    社内の一部で違法な長時間残業を強いているような場合には、人事は内部告発先に相談をしてみましょう。
    会社内部で対応をすることが期待できない場合には、外部の労働組合に相談をすることも有効な手段です。
    違法な長時間残業については労働基準法違反なので、労働基準監督署に相談をすることが可能です。

    参考:「残業代請求で労働基準監督署はどういう役割をするのか
    残業代の請求をする場合には、会社との交渉や裁判が必要となるので、弁護士に相談をしてみましょう。

    違法残業させていた会社はどのような罰則が与えられるのか?

    知っておきたい残業代請求のポイント
    • あ残業が違法な場合の罰則あ

    残業が違法である場合会社にはどのような罰則があるのでしょうか。

    労働基準法119条で刑事罰が定められています。


    違法な長時間残業をさせた会社には刑事罰が規定されています。
    上述した、特別条項付きの上限時間(労働基準法36条6項)を超える時間労働をさせていた場合には、労働基準法119条1号で6ヶ月以上30万円以下の罰金に処する旨が規定されています。
    ただし、刑事罰が科せられることになる場合は限定的で、行政処分が行われてそれに従うことで解決することが多いといえます。
    労働基準監督署は報告や出頭をさせるなどの行政処分を行うことができますが(労働基準法104条の2)、この報告や出頭を拒んだ場合には30万円以下の罰金に処する旨が規定されています。

    未払い残業代を請求するにあたっての注意点

    知っておきたい残業代請求のポイント
    • 残業代請求を左右するのは証拠の収集
    • 残業代請求には時効がある

    残業代が全額支払われていないのできちんと請求をしたいと考えていますが、何か注意点はありますか?

    残業代には時効があるということと、実際に請求する場合には証拠が非常に重要となるので注意が必要です。


    残業代が未払いの場合に、その請求にあたっての注意点を確認しましょう。

    残業代には時効が存在する

    残業代は給与であり、給与には3年の時効があります(2020年3月31日までの分は2年)。
    これ以上の期間勤務している場合には、未払いの残業代は時効で消滅してしまいますので、請求するにあたっては、時効の完成猶予・更新ということをする必要があります。

    残業代請求をする場合には、早めに行動をすることが必須となります。
    詳細は:「残業代を請求する際に時効で請求できないことがある!?退職前・後での違いは? 」
    で解説していますので参考にしてください

    証拠集めの際

    残業代の有無・額に争いがある場合には、最終的には裁判を起こして確定することになります。
    裁判で勝訴をするためには、主張をする事実を証拠で確定する必要があります。
    つまり、残業をしていた事実についての証拠を集めなければなりません。

    みなし残業となっているので、そもそもタイムカードを切っていなかったり、会社からタイムカードを切ってから業務をするように指示されているなどの場合に、こういった証拠をあとから入手することは困難です。
    残業代請求を検討し始めた段階から、証拠の収集をきちんと行うようにする必要があります。
    証拠の集め方については、「未払い残業代請求のための証拠の集め方」で解説してますので参照してください。

    まとめ

    長時間勤務が日本中で問題視され、過労死や過労自殺に対する社会の認識が高まっています。働きすぎて過労死したのに、労災認定基準を知らないために、過労死認定されないといったことがあります。この記事を読んで正しい知識を得いただくとともに、過労死しないようにご自分を護ることに役立てれば幸いです。
    関連するコラムに「あなたの会社は大丈夫!?ブラック企業チェックリスト」もありますので、一緒にご覧になってみてください。