変形労働時間制が導入されているケースで多額の残業代請求が認められることがある。
ざっくりポイント
  • 東京地方裁判所で、変形労働時間制の効力が否定され、約1,500万円の未払い残業代請求が認められた判決が出された。
  • 変形労働時間制は柔軟な労働時間制度を実現するための制度だが、手続に問題があると効力が否定されることがある。
  • 未払い残業代を請求したいと思ったら専門家である弁護士にご相談するのがおすすめ。

目次

【Cross Talk 】変形労働時間制が導入されていたのに多額の未払い残業代の請求が認められたのはなぜ?

私は都内の企業の総務部で働くサラリーマンです。今年で勤務して3年目になります。毎月月末には給与の支払いなど手続が集中するため1日12時間程度勤務することもありますが、変形労働時間制が導入されているため、残業代は支払われていません。これは適法なのでしょうか?

変形労働時間制は労働基準法により定められた制度で、法律で定められた手続に従って導入されていれば違法ではありません。例えば、変形労働時間制によりその日の労働時間が1日12時間とされていれば、12時間までは残業代が発生しないことになります。しかし、最近の東京地方裁判所の判決で、会社が変形労働時間制を導入していた事案で従業員からの多額の残業代請求が認められました。

変形労働時間制が導入されていたにもかかわらず、未払い残業代の支払い請求が認められたのはなぜですか?変形労働時間制がどのような制度なのかも含めて、詳しく教えてください。

変形労働時間制が適法に導入されていないと、多額の未払い残業代が発生することがある。

東京地方裁判所で注目すべき判決が出されました。この判決では会社が変形労働時間制を導入していることを理由に未払い残業代請求の存在を否定していましたが、裁判所は変形労働時間制の効力を否定し、会社に対して多額の未払い残業代の支払いを命じました。
今回は変形労働時間制と未払い残業代の請求について、労働者の立場から解説いたします。

約1,500万円もの残業代請求が認められた事案について

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 東京地方裁判所で会社に多額の未払い残業代の支払いを命じる注目すべき判決が出された。
  • 会社は変形労働時間制を導入しているので残業代の支払い義務はないと主張したが、裁判所は変形労働時間制の効力を否定した。

東京地方裁判所で多額の未払い残業代請求が認められた判決が出たと仰っていましたが、一体どのような事案だったのでしょうか?

この事案では会社が変形労働時間制を導入していましたが、これが無効とされ、労働者側の主張が全面的に認められました。その結果、会社は原告の従業員に対して多額の残業代を支払うよう命じられました。

会社と労働者はそれぞれどのような主張を行い、なぜ変形労働時間制は否定されたのでしょうか?もっと詳しく教えてください。

2020年6月、ハイヤー会社の従業員3人が会社に対して未払い残業代等の支払いを求めていた事件で東京地方裁判所は、会社側に残業代計1453万8323円の支払いを命じました。

この判決の特徴は、被告となった会社で変形労働時間制が導入されていた点です。
会社側は、変形労働時間制が導入されていたことを理由に、1日8時間を超える部分の残業代を支払う義務はないと主張していました。これに対して労働者側は、変形労働時間制は無効であり、所定労働時間は1日8時間となるので、それを越えた部分は時間外労働となり残業代の支払い義務があると主張しました。
裁判所は労働者側の主張を全面的に認め、会社に対して多額の残業代を支払うよう命じました。

「変形労働時間制」について

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 変形労働時間制は、労働時間を柔軟に設計することができる制度。
  • 変形労働時間制にはいくつかの種類があり、種類によって導入のための手続が異なる。
  • 変形労働時間制が無効とされると未払い残業代を請求できることがある。

今回の事案では変形労働時間制の効力が否定された点がポイントになったということですが、そもそも変形労働時間制とはどのような制度なのでしょうか?

変形労働時間制は、柔軟な労働時間制度を認める制度です。労働時間の原則は1日8時間、1週間40時間という「法定労働時間」ですが、時期によって業務量が変動するような業種や職種の場合、法定労働時間に従って勤務するとかえって長時間労働に繋がることがあります。そこで一定の要件のもとで労働時間を柔軟に設計できるのが変形労働時間制です。

変形労働時間制を導入するためには法律上どのような手続が必要なのでしょうか?そして、東京地方裁判所の判例ではなぜ変形労働時間制の効力が否定されたのでしょうか?

「変形労働時間制」とは何か

変形労働時間制とは労働基準法に定められた制度で、労働者の生活設計を損なわない範囲内において労働時間を弾力化することにより、労働時間を短縮することを目指す制度です。
具体的には、ある一定の期間を平均して、1週間あたりの労働時間が法定労働時間を越えないのであれば、特定の日に1日の法定労働時間である8時間を越えていたり、特定の週に1週間の法定労働時間である40時間を越えていたりしても法定労働時間内に収まっているものとするのが変形労働時間制です。

例えば、特定の業種や職種においては「月の前半は非常に忙しいが、後半は業務量が極端に少ない」ということがあります。この場合に1日8時間、週40時間という原則どおりの労働時間を徹底しようとするとどうなるでしょうか?業務量の多い月の前半は残業を強いられ、後半は仕事がないのに8時間勤務をしなければならないことになり、結果的に長時間労働に繋がります。

このような場合に「1カ月単位の変形時間労働制」を導入することにより、多忙な時期は労働時間を長くし、業務量が少ない時期には短くすることができます。
変形労働時間制には「1カ月単位の変形労働時間制」「1年単位の変形労働時間制」「1週間単位の非定型的変形労働時間制」があります。

「変形労働時間制」が認められる要件とは?

変形労働時間制は本来労働時間の短縮を目的とした制度であり、会社だけでなく労働者にとってもメリットがあります。他方で、一定の時期に労働時間が集中し、労働者が心身の健康を害することに繋がるリスクも孕んでいます。

そこで変形労働時間制を導入する際には、労使協定や就業規則に規定を設けるなど一定の要件が定められています。導入のための要件は変形労働時間制の種類によって異なります。
1カ月単位の変形労働時間制は、労使協定または就業規則等に所定の事項を定めることにより導入することができます。労使協定は所轄労働基準監督署に届け出なければなりません。就業規則のみにより導入が可能な点で、他の変形労働時間制と比べると要件が緩和されています。

1年単位の変形労働時間制は、労使協定により所定の事項を定め、所轄労働基準監督署に届け出ることにより導入することができます。1カ月単位の変形労働時間制と異なり、就業規則のみにより導入することは認められていません。これは期間が長い分、労働者の心身の負担が一時的に大きくなるおそれが高いためです。

1週間単位の非定型的変形労働時間制は、労働者の数が常時30人未満の小売業、旅館、料理店及び飲食店に限り導入することができ、労使協定を定めることによって1日について10時間まで労働させることができます。これらの業種は日ごとの業務に著しい繁閑の差が生ずることが多く、これを予測したうえで就業規則等により各日の労働時間を特定することが困難であるからです。

上記の東京地裁の判例では何があったのか?

最初にご紹介した東京地方裁判所の事案で導入されていたのは、1カ月単位の変形労働時間制でした。この事案では具体的にどのようなことが起こったのでしょうか?まず1カ月単位の変形労働時間制を導入したときの労働時間について具体的に見てみましょう。

この事案では、次のような変形労働時間制が導入されていたといいます。

・勤務は「1日11時間」と「1日17.5時間」の 2種類とする。
・勤務割表は1カ月の所定労働時間を平均して1週間あたり40時間になるように組まれる。

このような変形労働時間制を導入すること自体は、適切な手続を経ていれば違法ではありません。
しかし、この会社では1カ月単位の変形労働時間制を導入するための要件である就業規則に労働基準法で定められた記載事項が記載されておらず、しかもその就業規則は従業員に対して周知されていない状態となっていました。そのため変形労働時間制は無効であると判断されました。
このように、たとえ会社が「うちは変形労働時間労働制を導入しているから、残業代は支払わなくてもいいのだ」と主張していたとしても、その変形労働時間制自体が無効であれば未払い分の残業代を請求することは可能です。

私も請求できるかも?と思った時にすべきことは何か

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 未払い残業代請求をしたいと思ったら、まずは証拠を集める。
  • 証拠は在職中から集めるのが理想的だが、退職済みでも未払い残業代請求は可能。
  • 交渉や訴訟の手続は弁護士に依頼するのがおすすめ。

会社に対して未払い残業代請求をしたいと思ったとき、まずはどのように動けば良いのでしょうか?

未払い残業代を請求する際には、まず会社に内容証明郵便を送付などして交渉を行います。交渉により会社が支払いに応じない場合は訴訟による回収を試みます。いずれの場合においても重要なのは未払い残業代が発生しているという証拠です。そこで、まずは証拠集めを行うことになります。

証拠集めといっても、具体的にどのような証拠を集めれば良いのでしょうか?また、交渉や訴訟の手続を誰に依頼すれば良いのかも教えてください。

証拠を集める

今回の記事を読んで、「私も未払い残業代を請求できるのではないだろうか?」と思った方がいらっしゃるかもしれません。最後に、未払い残業代を請求するためにすべきことを解説いたします。

まずは、証拠を集めることが大切です。
未払い残業代を請求するときの流れは、まず会社に内容証明郵便などを送付して直接請求を行い、会社が支払いに応じないときは訴訟など裁判手続に入ります。ここで重要になるのが証拠です。裁判になれば、当然、収集された証拠に基づいて裁判官が残業代請求を認めるかどうか判断しますが、交渉段階でも証拠の有無は非常に重要です。なぜなら、相手が「これだけの証拠があれば裁判になっても勝てないだろう」と判断すれば、裁判前に任意の支払いに応じる可能性が高いからです。

そして、証拠は在職中に地道に集めておくことが肝心です。
未払い残業代請求の証拠となるのは、まずは残業をしたという記録です。具体的にはタイムカード、業務上のメールのやり取り、パソコンのログイン履歴、会社への入退室の記録、上司からの指示内容が分かる資料などがこれに当たります。このほか、給与明細、源泉徴収票、雇用契約書、就業規則などが有力な証拠となります。これらの証拠の中には退職後に用意することができるものもありますが、在職中でなければ収集が困難なものもあります。

また、ひとたび残業代請求を行ってしまうと、会社が有力な証拠を処分したり隠蔽したりする可能性もあります。そこで、在職中に会社にわからないように証拠を集めておき、有力な証拠が揃ったところで交渉を切り出すのが良いでしょう。
もちろん、退職してしまった後でも、未払い残業代請求ができなくなるわけではありません。退職後であっても、手元にある証拠により支払われるべき残業代が支払われていない事実がわかれば残業代請求は可能です。

弁護士に相談する

この記事の冒頭で、変形労働時間制が無効と判断されて会社に対する未払い残業代請求が認められた判例をご紹介しました。しかし、当然ながら全ての変形労働時間制が無効となるわけではありませんし、未払い残業代請求が認められるかどうかは個々の事情によって異なります。
未払い残業代請求が認められるかどうかを判断する際には、就業規則や雇用契約の内容、給与の支払い状況などを確認する必要があります。

まとめ

今回は東京地方裁判所の判例を元に、変形労働時間制と未払い残業代請求について解説しました。
労働時間制度は会社によって様々ですので、未払い残業代請求が認められるかどうか判断するためには、就業規則や雇用契約書、賃金明細書などを精査する必要があります。この記事を読んで「自分も未払い残業代を請求できるかもしれない」と思った方は、一度弁護士にご相談してみてはいかがでしょうか。