在職中の残業代請求は何かとしがらみがあって難しい……退職してからもできるの?
ざっくりポイント
  • 退職しても、過去の残業代を請求できる
  • 「ブラック企業」相手なら、不法行為を理由に残業代3年分に相当する賠償請求も可能
  • 悪質なケースでは、残業代と同額の「付加金」がもらえるかも?
  • 退職後に残業代を請求するときは、14.6%の利息をつけて請求するのを忘れずに
  • 証拠集めは周到に。できれば退職前から着手し、それが無理なら弁護士の助力を得てきっちり証拠保全

目次

【Cross Talk】残業代っていつまで請求できる?

一昨年まで勤めていた職場のことなんですけど、当時書き込んでいた自分のツイートを読み返していたら、けっこう残業しているんです。でも、その割にはあまり給料が増えていなかった気がします。今からでも当時払ってもらえなかった残業代を請求したいのですが、可能でしょうか?

もちろん可能です。退職後に残業代を請求するとなると、お世話になった上司や同僚の顔が浮かんできて躊躇してしまうという人が多いですね。とても勇気のある決断をしたと思いますよ!

そういってもらえると嬉しいです。でも具体的にどんな証拠が必要になるかとか、いろいろとわからないことが多くて……。

退職からもうすぐ2年経つけれど、未払いの残業代って払ってもらえるの?

退職してから時間が経ってしまうと、あらためて未払い残業代を請求するのも面倒になり、躊躇してしまいがちです。しかし退職後でも、正しい法律の知識を踏まえて請求すれば、未払いの残業代を受け取ることは十分に可能です。

退職後に残業代を請求する場合、まず「消滅時効」に注意する必要があります。また有利に交渉を進めるためには「証拠の確保」も欠かせません。

この記事では、退職後に未払い残業代を請求したいと考えている人に向けて、押さえておくべき法律上のポイントを詳しく解説していきます。

残業代は退職後でも時効にかからなければ請求可能である

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 残業代請求は退職後でも時効にかからなければ請求可能
  • 時効の期間については改正がされており2020年12月の段階では経過措置の最中である
  • 時効にかからないようにするために内容証明を送って請求を行う

残業代が支払われていない場合には退職後に請求をすることができるのですか?残業代が支払われていない場合には退職後に請求をすることができるのですか?

退職金債権が時効にかかるまでは可能です。時効に関する規定は法改正がされ、経過措置の最中ですので、注意しましょう。


残業代は退職後に請求することも可能ですが、改正の最中の時効に関する規定に注意をしましょう。

残業代は賃金請求権そのものなので退職後にも請求することは可能

まず、残業代は退職後でも請求することが可能です。
残業代は、残業をした人に会社が福利厚生のように恩恵的に受け取ることができるものではなく、時間外労働に対する賃金として会社が当然に支払わなければならないものです。

そのため、通常の給与といっしょで、請求権である債権の一種類として会社に対して請求ができるもので、これが未払いになっているのであれば退職をした後でも請求をすることが可能です。

賃金請求権は時効によって消滅する

残業代請求の根拠となる賃金請求権は時効によって消滅いたしますので、消滅した賃金請求権については請求することができません。

賃金請求権のような債権は、一定期間経過をすると時効にかかって消滅することになっています。
時効に関する規定は昨今の民法の改正にともなって大きく改正されており、本稿を執筆している2020年12月3日の段階ではその改正の中で経過措置の最中である点に注意が必要です。

2020年3月31日までは、債権は一般的に10年の消滅時効にかかるとしたうえで、未払残業代等の賃金請求権については労働基準法115条において2年で時効により消滅するとされていました。
時効に関する制度については改正が進んでおり、大枠としては一般的に5年に統一されることになり、労働基準法115条の規定も5年に改められました。

しかし、突然2年から5年に改正されることによって、労使関係を不安定にすることになるという観点から、経過措置として、労働基準法109条に定める記録の保存期間である3年に合わせて、時効期間は、当分の間3年間としました(労働基準法143条)。
注意が必要なのは、全ての賃金請求権の時効が3年間になるわけではありません。

どういうことかというと、2020年4月1日以降に発生した未払残業代は3年間の時効期間となりますが、2020年3月31日までに発生した未払残業代は2年間の時効期間となります。

時効の完成を止めるためにはまず内容証明郵便で請求を行う

退職後に残業代を請求する場合には、時効で消滅していない分についてのみすることができます。

時効が完成するのに対して何もできないというわけではなく、法律の規定に沿った方法によって時効の完成を止めることができます。
この制度を、現在の時効に関する用語として、時効の完成猶予・更新と呼んでいます。

まず、民法150条は、「催告」を行うと、その時から6ヶ月間を経過するまでの間は時効が完成しないとしています(時効の完成猶予)。
催告をすれば法形式上は時効の完成猶予となるのですが、最終的に裁判をしたときに「催告」があったかを争われないためにも、いつ、いかなる内容の文書を、誰が、誰宛に送ったかを証明することができる内容証明郵便を、送りましょう。

そして6ヶ月間の間に交渉を行い残業代の支払いを受けます。
もし6ヶ月間の間に交渉でまとまらない場合には、裁判上の請求を行うことによって裁判が終了するまでの間時効の完成を猶予することができます(民法147条1項1号)。
裁判所が判決で残業代の支払いを命じた場合、判決確定日から10年間の時効になります(民法第169条1項)。

時効の完成をとめるための制度については、改正前は時効の中断という呼び方をしており、その記載が残っている場合もありますので、注意しましょう。

時効が経過してしまった場合

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 残業代相当額の請求は、使用者の労務管理が悪質な事案では「不法行為によって生じる損害賠償債権」としても認められることがある
  • 不法行為に基づく損害賠償債権として認められた場合、過去3年分に相当する残業代の請求が可能

私の未払残業代の多くは2年で時効にかかってしまうのですが、2年より前の残業代は請求できないのでしょうか?前の職場には8年ほどいたので、2年分しか請求できないというのは納得できません……。

残念ですが、原則は2年分です。ただし、例外として3年分ならば認められる可能性もあります。重要な裁判例があるので一緒にチェックしましょう。


使用者が労働者に対して残業をなかば無理強いしており、使用者が労働時間を把握したうえで賃金請求をさせる義務を怠ったと評価できるケースでは、不法行為に基づく損害賠償請求権として請求することで、3年分の残業代ができる可能性があります。(杉本商事事件参照)

不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効期間は、「被害者またはその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間」と定める民法724条が適用されます。

残業代の不払いが悪質な場合には、残業代の法的な性質が変わるだけでなく、退職した社員が請求できる残業代の総額も大きく変わることになります。

杉本商事事件(広島高判平成19・9・4労判952号33頁)

(事案の概要)
杉本商事(被告)に勤めていた社員A(原告)が、退職後、3年分の未払い残業代相当額の支払いを求めて提訴した事件。被告は、出勤・退勤時間を記録する制度を整備することもなく、現に行われた残業については自己啓発や自己都合であるとの解釈に基づき、残業代は支払っていない状態が常態化していた。

(争点)
使用者が、労働者の時間外勤務時間を把握する手段を整備して、時間外勤務があった場合にはその請求が円滑に行われるような制度を整える義務に違反したことが、使用者の不法行為を構成するか(民法709条)。

(結論)
使用者が上記義務に違反したことは、労働者に対する不法行為を構成し、残業代相当額の損害賠償義務を負う。消滅時効については、民法724条が適用される(時効期間3年)。

付加金の請求が可能

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 残業代の請求が裁判で認められた場合、事案によっては同額の「付加金」の請求が認められることがある
  • 付加金は除斥期間のため、消滅時効のように時効の完成猶予をすることはできない
  • 付加金の支払いを命じるのは裁判所なので、労働審判手続では認められない
  • 付加金を認めるかどうかは裁判所の裁量で決まる

これから残業代の請求をするにあたって、もっと知っておいた方が良い知識はありますか?

付加金」という制度があります。残業代を支払わない企業に対して、裁判所が与えるペナルティみたいなものです。詳しく内容を見ていきましょう。

付加金とは?

使用者が残業代を支払わない結果、裁判になったとしましょう。被告企業の労務管理が非常に悪質で、裁判官に与える心証も悪いようなケースでは、「この会社……この裁判でたとえ負けても、また同じような未払いを繰り返すかも?」などと予想できることがあります。

このような場合、裁判所は被告に対して、請求が認められた残業代と同額の支払いを懲罰的に命じることができます。これが付加金です。たとえば判決で認定された残業代が100万円なら、さらに上限100万円まで付加金の支払いが命じられるので、合計200万円の請求が認められることになります。

付加金は労基法114条が定めているので確認しておきましょう。

労働基準法 第114条(抜粋)
裁判所は~第37条(残業代)の規定に違反した使用者……に対して、労働者の請求により、これらの規定により使用者が支払わなければならない金額についての未払金のほか、これと同一額の付加金の支払いを命ずることができる。

付加金には次のような特徴があります。

除斥期間に注意

ここまで説明してきた通り、残業代の請求権は、時効期間が経過すると消滅時効にかかって消滅いたします。

もっとも、残業代の請求の場合、消滅時効にかかる前に使用者に残業代の支払い義務を認めさせた場合には、その時点で消滅時効の完成が猶予され、また新たにそこから消滅時効が進行することになります。

これに対し、付加金の期間制限の法的性質は、消滅時効ではなく、除斥期間と解されており、除斥期間だと消滅時効のように期間の進行を中断させることはできません。

つまり、残業代を請求するにあたり、使用者が「わかった、わかった!未払いの残業代があることはこちらも把握しているから、支払いまでもう少し待ってくれないか?」などと言い訳した場合には、残業代請求権の時効期間はストップし、給料日を基準に時効期間が経過しても、新たな時効が完成しない限りは請求することが可能です。

しかし、付加金については、なおも違反から除斥期間を経過することで、もはや請求することはできなくなってしまいます。

付加金が認められる保証はない

付加金は、裁判所が「判決」のなかで命じるものです。したがって、労働審判委員会が審理する労働審判制度を利用した場合、どんなに悪質な事案であっても付加金の支払いは認められません。

また、労基法114条に「〜付加金の支払いを命ずることができる。」とある通り、付加金の支払い命令を出すかどうかは裁判所の裁量です。「もし裁判で認められれば、残業代がいつでも2倍になる!」などと過度な期待はしないようにしましょう。

退職後の遅延損害金

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 残業代請求にあたっては、一定の遅延損害金(利息)を併せて請求できる
  • 退職前に請求する場合、民法所定の利息
  • 退職後に請求する場合、年14.6%。ただし、天災等やむをえない事情がある場合は、退職前の利率が適用される

残業代が長期に渡って未払いにも関わらず、使用者側の支払い額が変わらないのは不公平だと思います。他の請求権と同じように遅延利息が発生しているのではありませんか?

その通りです。残業代は、本来なら給料日に支払われるべき金銭債務です。したがって、給料日の翌日から一定の遅延損害金(利息)の支払い義務が発生いたします。
退職後に未払いの残業代を請求する場合は、賃金の支払いの確保等に関する法律(賃確法)の6条1項、同施行令1条によって、14.6%の遅延損害金をあわせて請求することができます。


(退職前の利率)

退職前の利率は、民法所定の利率が適用されます。
民法改正により、2020年3月31日までの利率と、2020年4月1日以降の利率が異なります。
2020年3月31日までに発生した残業代請求権については、会社が商人である場合、年率6%(商法514条)で、商人でない場合、年率5%(民法404条)になります。
一方、2020年4月1日以降に発生した残業代請求権については、年率3%になります。

(退職後の利率)

年率14.6%(賃金の支払いの確保等に関する法律6条1項、同施行令1条)
なお、残業代の未払いが天災等やむをえない事情による場合は、上記「退職前の利率」が適用されます。

退職後に証拠を集めるのは難しい。在職中にできることは?

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 残業代を請求するために役立つ証拠としては、タイムカード、パソコンのデータ更新記録、シフト表、職場の入退室の記録データ、手帳、SNSなどがある
  • 退職前に証拠を確保しておくのが理想だが、できない場合は弁護士に依頼してすみやかに証拠保全を行うこと
  • 退職前に残業代について上司とやりとりしたメールは強い証明力を持ちうるので、自宅のパソコンに転送しておく

残業代を請求するために必要な基礎知識はわかったのですが、実際に認められるかどうかは別ですよね?

その通りです。重要なのは「証拠」です。未払い残業代がたしかに存在していることを証明する資料や記録がなければ、裁判か私的な交渉かに関わらず、残業代をきちんと支払ってもらうことは難しいと考えてください。


退職後に残業代を請求する場合、もっとも大きな壁となるのが「証拠」です。

未払いの残業代があるかどうかは、給与明細を見ただけでは判別できません。実際の勤務状況を記録した資料を収集することから始まり、資料に基づいて労働時間を算出し、請求する金額を決定することになります。

残業代を請求するために役立つ証拠としては次のようなものがあります(証拠の集め方全般については、「未払い残業代請求のための証拠の集め方」を参考にしてみてください。)。

タイムカード

タイムカードに記録された情報は、労働時間を確定するためのもっとも基本的な証拠です。

裁判例でも、タイムカードに記録された時間に基づき労働時間を認定するのが通例です。そのため、使用者が「タイムカードの記録が実働時間を反映していない!」と反論するには、大変な労力が必要になります。

退職前にタイムカードのコピーを取っておくことが理想ではありますが、かなり難しいでしょう。タイムカードは社外に持ち出すことができませんし、職場のコピー機でタイムカードをコピーしているのを上司や同僚に見られたら、「お前は何をしているんだ?」と問い詰められてしまうからです。

したがって、退職後に残業代の請求をすると決めたなら、すぐに弁護士に相談し、証拠保全の手続きを取るようにしましょう。何もせずに手をこまねいていると、タイムカードを破棄・改ざんされてしまうおそれもあります。

パソコンのデータ更新記録

パソコンのデータ更新記録も重要な証拠です。業務用パソコンのハードディスク内には、いわゆる「ログ」と呼ばれる操作履歴が全て記録されているため、ファイルの更新記録などを調べれば、実働時間をかなり正確に特定することが可能です。

SNS

近年はSNSの書き込みが労働時間の特定に役立つケースも増えています。普段からツイッターなどに出社時間や帰宅時間を詳細に書き込んでいる人なら、そのデータを裁判所に提出すれば実働時間を推定する証拠となりえます。

以上の証拠のほかにも、シフト表、職場の入退室の記録データ、スケジュールを細かく書き込んだ手帳なども証拠として利用できます。

なお、退職前に上司との間で未払い残業代の支払いについて交渉してきた人なら、そのやりとりは必ず記録しておくようにしましょう。

たとえば、上司からのメールに残業代の存在を認める言葉があれば、請求権の存在を立証する間接的な証拠となりますし、消滅時効を中断する事実の証拠としても使えます。可能であれば、退職前に職場でのメールを吟味し、使えそうなものを自宅のパソコンに転送しておくと良いでしょう。

まとめ

正当な残業代を受けとらずに放置することは、あなたにとって損というだけでなく、「企業にとって都合の良い、悪しき前例」に加担することにもなります。正当な残業代の請求は、企業のコンプライアンス意識を高めるためにも欠かせない行動なのです。
この記事で紹介した基本知識を活用すれば、たとえ退職後であっても一定の残業代を受け取ることができます。ぜひあきらめずにトライしてみましょう。
関連するものとして、「残業代を請求する際に時効で請求できないことがある!?退職前・後での違いは?」「会社が倒産しても未払い残業代請求できる方法」や「前職に残業代請求したら、転職先の会社にバレてしまうの?」もありますのでご覧ください。