美容業界で働く方(美容師・エステティシャン・アイリスト・ネイリスト等)が会社に未払い残業代を請求するための必須知識を解説します。
ざっくりポイント
  • 自分がどんな「契約内容」で採用されたかを確認しよう。
  • 面貸し」の契約なら残業代の請求は困難
  • 残業時間を証明するためには、タイムカードやメモ、スマホアプリのほか、指名履歴や同僚の証言も使える
  • 「カット練習は業務外」と言われてもあきらめるな!指揮命令された練習は労働時間に含まれる
  • 美容業の現場スタッフに「みなし労働制」は適用できない
  • 「固定残業制なので」「歩合制なので」「店長なので」といったキーワードが出てきたら、残業代を請求できる可能性が高い
 
目次

【Cross Talk】カット練習の残業代はカット!?

美容室のアシスタントになれたのは良かったのですが、実は……。

どうやら心配事があるようですね。美容業界は長時間労働が蔓延していますから、もしや今日の相談も残業代のことではないですか?

そうなんです!店の営業が終わった後も、同期のアシスタントと一緒にカットの練習をするよう先輩にきつく指導されて……。連日帰宅が深夜になるというのに、給与明細を見ると思った以上に給料が少ないので、もしや残業代をカットされているのではと心配しています。

業務終了後のカット練習ってサービス残業なの?

美容師、エステティシャン、ネイリスト、スタイリスト、アロマセラピストなど美容業界で働いているみなさんは、こんな悩みをお持ちではありませんか?

「営業時間が終わった後も片付けや練習などで帰宅が深夜になることもしょっちゅう。なのに、なんで私のお給料こんなに少ないのかなぁ……」

お給料が少なくなる原因のひとつが「残業代の未払い」です。その背景には経営者のコスト意識があります。

この記事では、「美容業界の残業代問題」にフォーカスし、

  • なぜ美容業界では残業代の未払いが多いのか
  • 残業代が請求できるのはどのようなケースか
  • 残業代を請求するために必要な証拠は何か
  • 残業代の支払いを拒まれたらどう受け止めるべきか

などをわかりやすく説明しています。

ご自身の職場環境や働き方と照らし合わせながら読めば、残業代請求に欠かせない基本知識をしっかり習得できますので、ぜひ参考にしてください。

残業代を請求する前に「契約内容」を確認しよう

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 残業代を請求する前に自分の契約内容を確認する
  • 請負・業務委託契約であっても、「実質的な雇用関係」があれば残業代の請求が可能
  • 面貸しは、店側との間に実質的な雇用関係がない場合、残業代は請求できない

残業代を請求したい場合のポイントは何ですか?

一番重要なのは「雇用関係の証明」です。雇用関係がなければ、使用者に残業代の支払い義務が発生しないからです。雇用関係の証明は、まず契約の内容を確認することから始めます。

美容業で働く人が残業代を請求する場合、まず確認すべきは「採用された時にどのような契約を結んだか」ということです。

雇用契約であれば、労働者の権利として残業代を請求することができます。問題は、次に説明するような「請負契約」や「業務委託契約」を結んだ場合です。

実態を伴わない悪質な「請負契約」「業務委託契約」が横行している

美容室やサロンの経営者のなかには、雇用契約を結ぶことで生じる法律上の義務(社会保険の加入、残業代の支払い等)を嫌がり、「契約は請負(や業務委託)ということにしてもらいたい」などと採用決定直後に依頼してくる悪質なケースが横行しています。

採用される側としては雇用契約を結んで欲しいと考えていても、「雇用契約を結ばない理由は、労働法の義務を免れる目的があるのでは?それは労働者の権利を侵害するので認められません!」などと、店側に強く主張できる人がどれだけいるでしょうか。現実には店側の依頼を断ることができず、泣く泣く受け入れてしまうケースがほとんどでしょう。

形式的には請負や業務委託契約が締結されていたとしても、実態を伴ったものではなく、実質的には雇用契約と同様の契約条件、就労状況であれば、「請負契約(または業務委託契約)の殻を被った労働契約」でしかないので、残業代の請求が認められる場合もあります。

形式的には請負契約・業務委託契約であるが、実質的に雇用契約といえるか否かはどのように判断するのでしょうか。

雇用契約かは実質的に判断する

雇用関係の有無の判断基準となるのは「労働関係の実態」であり「契約の形式」ではありません。業務を遂行するにあたって指揮・命令・監督がなされているなら雇用関係があるというのが判例・学説の一致した立場です。

実質的な雇用関係を示す具体例を挙げるので参考にしてください。

〈実質的な雇用関係を示す具体例〉
  • 出退勤時間が決められており、タイムカードなどで管理されている
  • 業務の遂行にあたって先輩や上司から細かく指示がある
  • 業務マニュアルに従った接客をするよう指導される
  • 新人は全員、店が定めた研修を受けるよう命じられる
  • 店が定めた評価制度に従って昇給や昇格が決まる

「面貸し(ミラーレンタル)」だと残業代は請求困難

美容業界でよく行われる業務形態として、他人が経営する店の一角を間借りして、個人名義で営業し、売上の一部を経営者に場所代として支払う「面貸し(めんかし、めんがし)、ミラーレンタル」というケースがあります。

面貸し(ミラーレンタル)は、法律上、店側から場所を借りているだけなので、一般的には店側からの業務委託や、雇用関係が予定されているわけではありません。そのため、業務に関する指揮命令を受けることもなく、残業代を請求することはできません。

もっとも、面貸しの場合も、単に場所を借りるだけでなく、実質的に店側から業務内容や業務の開始時間について指示を受け、店側の監督下にあるなら、残業代を請求できる可能性もあります。

〈美容業の契約形式と残業代請求の可否〉
(雇用)
店と雇用契約を結んで就職し、専属スタッフとして働く場合。残業時間があれば当然残業代を請求できる。

(請負・業務委託)
店のスタッフとして採用されるが、契約の形式は「請負」や「業務委託」である場合。表面上は雇用関係がないので残業代が請求できないように思えるが、指揮命令関係があれば、実質的な雇用関係が認められ、残業代も請求できる。

(面貸し、ミラーレンタル)
個人事業主が店の空きスペースを借りて営業する場合。業務遂行について指揮命令関係がなく、実質的な雇用関係がないことが多く、残業代は一切請求できない。ただし、指揮命令関係があれば、実質的な雇用関係が認められ、残業代も請求できる。

残業を証明する美容業界の証拠は?

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 残業時間を証明する一般的な証拠としては、タイムカードやメモ、スマホのGPSアプリなどがある
  • 美容業界の証拠としては、「指名の履歴」や「一緒に練習した同僚の証言」などが考えられる

先生、美容業で働く人が残業代を請求するときはどんな証拠が必要なのでしょうか?

タイムカードやメモなど出退勤時間を記録したものは最優先で証拠になります。ほかにも美容業に証拠があるのでチェックしてみましょう。

残業時間の証拠は、美容業界か否かに関わらずおおむね共通しています。「タイムカード」や出退勤時間を記録した「メモ」などです。最近はGPSを利用して労働時間を自動記録する「スマホアプリ」などもあるので活用しましょう(タイムカードがなかった場合の証拠の集め方については、「タイムカード等の証拠がない場合の残業代請求方法」を参考にしてみてください。)。

その他に、美容業界の証拠としては次の2つが考えられます。

1.指名の履歴

エステやネイル、アロマセラピーの店などは指名制を採用している場合があります。指名制では、「指名をしてきた顧客」「予約された施術の日時」「実際に施術した日時」などの記録が残るため、実際の作業時間や拘束時間が正確に推定できます。指名制を採用する店で働いている方は、日頃から自分の指名履歴をストックしておくと良いでしょう

2.同僚の証言

終業後、いつも同じ同僚と終業後の練習を行なっているのであれば、その同僚の証言は残業時間の証拠になりえます

ただし、会社と敵対することになるので同僚から証言を得ることは簡単ではありませんし、同僚が先に退職している場合もありますので、同僚から証言を得ることは難しいと言えます。

会社側から想定される反論Q&A

知っておきたい残業代請求のポイント
  • カット練習の時間も指揮命令下にあれば残業時間に含めることが可能
  • 固定残業制でも、あらかじめ定めた固定残業時間を超えて残業すれば残業代が発生する
  • 「歩合給だから」という理由だけでは、残業代の支払いは免除されない
  • 「請負契約」や「業務委託契約」で採用された場合でも、指揮命令関係があれば雇用関係を認定でき、残業代を請求できる
  • 美容業の現場スタッフは、みなし労働時間制が有効となる類型に該当しないので、みなし労働時間制を理由に残業代の支払いを拒むことはできない
  • 店長であっても管理監督者の認定要件を満たさない場合は残業代が支給される

残業代を請求しても、店側からあれこれ反論されるのが怖いです……。

大丈夫。残業代の支払いを拒む理由の大半は屁理屈や感情論で、法律的な見地からの妥当性がないのがほとんどです。実際にどのような反論があるか、チェックしていきましょう。

カット練習は業務外だから支払わない

「業務外」という言い分には、店側が命じているのではなく、自発的にカット練習しているのだから、その時間は「労働時間」に含まれないという主張が隠れています。

では労働法における「労働時間」はどのように判断されるのでしょうか。判例は次のように定義しています。

〈労働時間の定義〉
労働時間とは…労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間

したがって、「使用者(美容院の経営者や管理職、直属の上司など)に指揮・命令されてカット練習をしている」という場合なら、カット練習の時間も労働時間に含めることができるので、残業代請求も可能です。

「カット練習をしなさい」と明確に指揮命令されていなくても、実質的には指揮命令下にあったと評価できる場合もあります。たとえば次のようなケースです。

〈実質的に指揮命令下にあったと評価できるケース〉
  • 終業後、アシスタント全員でカット練習をするのが店の慣例になっていて、断ることができない
  • カット練習をしないアシスタントは、スタイリストに昇格したとしてもカット担当から外され、小さな仕事や雑事ばかりやらされる
  • 上司の指示でヘアコンテストへの出場が決まり、本番で披露するヘアデザインを考えるために居残りせざるをえない

このようなケースでは、「定時になったので先に帰らせてもらいます!」などと練習を拒むことは難しいので、実質的に使用者の指揮命令下にあると評価できます。

ただし、すでに技術が十分にある方が、「君はもう練習をしなくていい」と言われているにもかかわらず自発的に練習をしていたような場合は、指揮命令下にあるとは評価できません。この場合、練習時間を労働時間に含めることができないので、残業代も発生しないことに注意してください。

〈参考:美容師が練習時間を労働時間に含めて残業代を計算する具体例〉

たとえば1日の日程が「8時に出勤して開店準備作業、営業時間が9時〜19時(休憩1時間)、19時から20時まで後片付け、20時から21時までカット練習、21時から23時までカラーリングとパーマの練習」だとします。

この場合、8時から17時までは所定の基礎賃金が支給されますが、17時〜22時は時間外労働なので、1時間あたり25%の割増賃金が発生します。また22時〜23時は深夜労働なのでさらに25%の割増賃金が加算されます(割増率について詳しく知りたい方は、「【図解】残業代の計算に必要な時間単価の「割増率」とは?」をご覧ください。)。

〈図解・時間外労働と深夜労働の割増賃金〉

残業代が固定だから支払う必要はない

残業代が固定されている=固定残業制みなし残業)とは、一定時間分の残業代をあらかじめ給料に含めて支給する賃金制度です。ただし労働法には存在しない法理であるため、判例が認めた要件を満たさない限り有効とはなりません。

固定残業制は残業代の計算作業がある程度簡略化され、労務管理のコストが抑えられるため、採用する企業が増えています。しかし、「固定残業制を採用すれば、残業代を支払わなくてOK」というわけではありません。あらかじめ定めた固定残業時間を超えて残業した場合は、当然その分の残業代が発生するからです。

したがって、「残業代が固定だから」という理由だけでは、残業代の支払いは免除されません。この問題については、固定残業制に関するコラムも参照してください。

歩合給だから支払う必要はない

歩合給を採用していても、実際の労働時間が法定労働時間を超えれば残業代が発生するのが労働法の原則です。

ただし、歩合給であることを理由に残業代の支払いが免除される場合もあることには注意が必要です。

判例は、
(1)歩合給の金額が、実際の労働時間に応じて適切に増額されている
(2)給与明細上、通常の労働時間の賃金と残業代の賃金が明確に区別できる
という2つの要件を満たした場合は、例外として残業代の支払い義務が免除されるとしています。

したがって「歩合給だから」という理由だけでは、残業代の支払いは免除されません。この問題については、「営業職で、歩合に残業代が含まれていると会社から言われたら?(歩合制の残業代計算)」(未実装)参照してください。

そもそも雇用してないから残業代を支払う必要はない

「そもそも雇用していない」という言い分からは、採用時に雇用契約ではなく「請負契約」や「業務委託契約」を結んでいることが想定されます。契約の形式が請負や業務委託であれば、店側とスタッフとの間に(形式的には)雇用関係が発生しません。そのため店側の反論は妥当であるかに思えます。

しかし、すでに説明したように、雇用関係の有無の判断基準となるのは「労働関係の実態」であり、「契約の形式」ではありません。

たとえばエステティシャンであれば、施術に用いる場所や機械、備品などは、すべて店側が提供しているはずです。施術の方法についても、店のトレーナーから具体的に指示されていて、自分のオリジナルの施術を勝手に行うことは禁止されます。

このような労働関係の実態においては、店側とエステティシャンとの間に指揮命令に基づく実質的な雇用関係があることは明らかです。同様のことはエステ以外の職種でも妥当します。

したがって「そもそも雇用していない」という理由だけでは、残業代の支払いは免除されません。

みなし労働時間制を採用している

みなし労働時間制とは、実際の労働時間が何時間かは問わず、各会社の所定労働時間(就業規則などでその会社の労働時間と定められている時間)または通常その業務を遂行するのにかかる時間だけ労働したものとみなす制度です。

みなし労働時間制は、外回りの仕事を想定している「事業場外労働」、高度な専門職を対象とする「専門業務型裁量労働」、事業の企画・立案・調査・分析業務を対象とする「企画業務型裁量労働」の3種類で認められますが、美容業のスタッフはいずれにも該当しません。

したがって「みなし労働時間制を採用している」という理由では、残業代の支払いは免除されません。

店長だから残業代の支払いはしない

「店長だから……」という店側の言い分には、「店長は管理監督者なので残業代をもらう権利がない」という考え方が見てとれます。

労働基準法は、管理監督者について「残業代に関する規定が適用されない」と定めています(41条2号)。この規定があるために、いわゆる「名ばかり管理職」の問題が頻発しています。スタッフの無知に乗じて「来月から君は管理監督者だから、いくら働いても残業代は出ないよ」などと通告し、残業代の支払いを免れようとする経営者が少なからずいるのです。

しかし、労基法が定める「管理監督者」と社会一般に通用している「管理職」は同じではありません。

「部長」「課長」といった肩書きがついている人=管理職というイメージが一般的ですが、労基法が残業代除外の対象とする管理監督者は、肩書きではなく業務の実態で判別されます。具体的には以下の要件に該当すると管理監督者と認定されやすくなります。

〈管理監督者の認定要件〉
1.経営者と一体的な立場で仕事をしている(業務命令や人事考課の権限を有する等)
2.勤務時間を自分の裁量で調整できる(タイムカードはあるが、出退勤時間の強制を受けない等)
3.管理監督者にふさわしい待遇がなされている(給与や肩書き等)

美容業で考えてみると、

  • 現場で働くスタッフを採用する権限や昇給・昇格の決定権を持っている
  • 営業終了後、後片付けをするスタッフを横目に「じゃあ、あとは任せたよ」などと言って早退する
  • スタッフよりもはるかに高額な給与をもらっている

といった実態があれば管理監督者と言えるでしょう。

ところが実際には、何の権限も持たない「雇われ店長」は大勢います。早退どころか最後に帰宅する店長も珍しくありません。指名の多いスタッフのほうが店長よりも高給取りであるケースは山ほどあります。

このように「店長」という肩書きだけでは、管理監督者か否か判断できないのです。したがって「店長だから」という理由だけでは、残業代の支払いは免除されません。

管理監督者かどうかもう詳しく知りたい方は、支店や店舗の店長は「管理職(管理監督者)」にあたり、残業代は出ないの?(名ばかり管理職)をご覧ください。

まとめ

美容業で働くみなさんは、技術習得や顧客獲得に集中するあまり、残業代のことについて落ち着いて考える機会はあまりないことでしょう。
しかし、給与明細に書かれた数字がすべて正しいとは限りません。残念なことですが、現場で汗を流すみなさんの苦労を利用して不当な利益をあげようと考える経営者も皆無ではないのです。
今回ご説明した情報を参考にしながら、ご自分の職場環境をふりかえり、残業代が不当にカットされていないかをチェックしてみてください。