管理職が残業代を請求できるケースについて、法律や判例をもとに説明します。
ざっくりポイント
  • 「管理監督者」は残業代請求ができないが、有給休暇深夜割増育児・介護休暇の規定は適用される
  • 名ばかり管理職」であれば残業代が請求できる
  • 管理監督者かどうかは、権限労働時間の管理賃金等の処遇で判断される
  • 店舗の店長などは「管理監督者」に該当しない「名ばかり管理職」が多い

目次

【Cross Talk】管理監督者ってどんな人?

先生、私は猫カフェの店長なのですが、バイト時代よりも明らかに給料が減っているし、時間外手当もないんです……。管理職になると残業代や色々な手当がつかないと聞きましたが、一般企業じゃなく、お店とかでも残業代はつかないんですか?

そうですね……。職務内容を検討して労働基準法上の「管理監督者」に該当する場合、残業代がつかないことがあります。ただ、法律の基準を満たしていない「名ばかり管理職」なら、残業代が請求できるかもしれません。

なるほど。店長であっても、いわゆる「名ばかり管理職」なら、残業代を請求できる場合があるのですね。店長になってよかった!と思えるように、きちんと残業代が請求できると良いです。

名ばかり管理職なら残業代請求できる!?

店舗の店長や老人ホームの介護主任など、管理職になると残業代などがなくなり、手取り額が減るという話をよく聞きます。一方で、店長が残業手当を請求して認められたケースもあります。管理職で残業代が出るケースと出ないケースとでは何が違うのでしょうか?裁判で残業代請求が認められたケース・否定されたケースを紹介していきます。

管理監督者は残業代が出ないのか?

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 労働基準法の「管理監督者」は残業代の請求はできない
  • 「管理監督者」は経営者と同様の権限を持つ人
  • 実際に権限を持たない「名ばかり管理職」ならば、残業代請求はできる

先ほども言いましたが、私は猫カフェの店長なんです。病気の猫がいると、投薬やケアで残業になるんです……。でも、社長には「早く店を閉めれば済むし管理職が残業つけるなんて非常識」とまで言われました。ちなみに猫の容態が急変して、夜中に病院へ行ったりしても手当がつきません。

法律上、「管理監督者」に該当する場合には、残業代請求ができません。ただ、あなたのケースだと話が違うかもしれませんね。お話の内容だと、猫カフェを運営する会社は店長を「管理職」とみなしているわけですね。でも、会社のいう管理職は法律上の「管理監督者」にあたらない、「名ばかり管理職」の可能性があります。つまり、残業代を請求できるかもしれません。

管理監督者当たると残業代が請求できない!

労働基準法の「管理監督者」ってなに?管理監督者に当たるとどうなるの?よくわかりませんよね。それでは具体的に条文を挙げて説明しましょう。

労働基準法第41条 (労働時間等に関する規定の適用除外)
この章、第六章及び第六章の二で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない。
一(略)
二 事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にあるもの又は機密の事務を取り扱う者

条文を見ると、「労働時間、休憩及び休日に関する規定は、各号の一に該当する労働者」には適用しないと書いてあります。そして、その各号を見てみると、2号の部分に「監督若しくは管理の地位にあるもの」とあります。これがいわゆる「管理監督者」です。

つまり、管理監督者の場合には、労働基準法の「1日8時間週40時間」の時間外労働の規定などが適用されないことから、残業代請求ができないといった結論になります。(これを「適用除外」といいます。)

なお、管理監督者であっても深夜労働割増賃金、年次有給休暇、育児・介護休業の規定は適用されます。深夜労働の割増賃金について知りたい方は「深夜残業の残業代はいくら?残業代計算方法を解説」を参考にしてみてください。

「管理監督者」と「名ばかり管理職」

それでは、管理監督者って何?と思いますよね。行政解釈では、管理監督者は「労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体の立場にあるもの」と定義づけられています。経営者と一体の立場にあるからこそ、労働時間の規制になじまず、規制を受けないのです。

これを踏まえると、店長といった名称であっても、経営者と同様の権限がない場合は管理監督者とはいえないことになります。名前だけが管理職であって、実際には権限がないケースをいわゆる「名ばかり管理職」と呼びます

名ばかり管理職については後ほど詳しくお伝えします

管理監督者ってどんな地位の人?

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 判断基準は、労務管理等の権限があるか、労働時間の管理を受けていないか、給料などの処遇、の3つ
  • 人事考課の権限がない場合は、管理監督者性を否定する要素となる
  • 長時間労働で労働時間を実質的に管理できない場合は、管理監督者性を否定する要素となる
  • 時給換算した月給がアルバイトの時給より低い場合は、管理監督者性を否定する要素となる

先生、会社が店長を「管理職」とみなしていても「名ばかり管理職」といえるなら、残業代請求ができるんですね!ところで、管理監督者とはどのように判断されるんですか?

「管理監督者」の判断基準を簡単に言うと、1.経営及び労務管理の権限を有していること、2.労働時間管理を受けていないこと、3.基本給や手当でふさわしい処遇を受けていること、です。この3つの要件をすべて満たしていた場合には「管理監督者」に当たって、残業代請求ができなくなります。

管理監督者は、多くの裁判例を参照にすると3つの要件で判断されていることが分かります。冒頭の会話の3点を正確に表現すると以下の通りとなります。

1.事業主の経営に関する決定に参画し、労務管理に関する指揮監督権限を認められていること
2.自己の出退勤をはじめとする労働時間について裁量権を有していること
3.一般の従業員に比しその地位と権限にふさわしい賃金(基本給・手当・賞与)上の処遇を与えられていること

この3つの要件を満たした場合は「管理監督者」に該当し、残業代請求はできません。逆に言えば、一つでも満たさない場合には「名ばかり管理職」となって残業代請求ができるということになります。なんだか難しそうな基準ですね。この判断基準については、行政解釈などでさらに詳しく説明されています。ここでは要点のみに絞って簡単に説明しましょう。

「1.経営及び労務管理の権限」とは

店舗に所属する労働者の採用・解雇・人事考課、店舗における労働時間の管理を行う権限を有していることや、経営方針を決定できる権限を有しているかということです

定例会議などで単に事業内容を報告することや、経営方針の指示を仰ぐといった場合には、主体的に経営に参画していないと評価される可能性があります。また、店舗に所属する労働者の採用・解雇・人事管理を行う権限がない場合には、指揮監督権限がないと評価され、管理監督者性が否定される可能性があります。

「2.労働時間管理を受けていないこと」とは

上司などから出退勤や休憩などの労働時間の管理を受けているかという意味です

遅刻・早退などで、人事課から減給・降格など不利益な処遇・時間給の減額をされるような地位であれば、労働時間管理を受けていると評価される可能性があります。

また、長時間労働を余儀なくされている場合には、実際には労働時間の裁量がほとんどないといえるので、労働時間管理を受けていると評価される可能性があります。労働時間規制を受ける部下と同じような勤務態様である場合も労働時間管理を受けていると評価される可能性があります。

「3.賃金などの処遇面」とは

基本給・役職手当などの金額で判断されます。他の従業員と比較して判断されることが多いようです

基本給などが、職務内容からすると不十分である場合や、役職のない一般社員と金額が変わらない、時給換算した場合にアルバイト等より安いといったケースであれば、賃金等の待遇を受けていないと判断され、管理監督者性が否定される可能性があります。

一般労働者と管理監督者のその他の労働基準法上の違い

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 管理監督者に当たると労働基準法が適用されない
  • 労働時間や休憩、休日に関するルールも適用されない

管理監督者には残業代が出ないのはわかったのですが、管理監督者に当たると他にも影響があるのですか?

労働者を守る法律が労働基準法なので管理監督者は労働基準法で守られる対象外になります。そのため労働時間や休憩、休日に関するルールが適用されません。

管理監督者にあたる場合には残業代以外にも労働基準法上の規定が適用されません。
労働者保護のための代表的な、労働時間・休憩・休日に関するルールを確認しましょう。

管理監督者にあたる人は労働時間の規制を受けない

労働基準法32条は、労働者に1日8時間・1週40時間を超える労働をさせることを原則として禁止しています。
この労働基準法32条は、使用者は労働者に1日8時間・1週40時間を超える労働をさせてはいけないと規定しているので、使用者と一体としてみられる管理監督者には、このルールが適用されません。

休憩時間に関するルールも適応されない

労働基準法34条は休憩に関するルールとして、
・ 1日の勤務時間が6時間を超えるときは、少なくとも45分
・1日の勤務時間が8時間を超えるときは、少なくとも1時間

の休憩を労働者に与えなければならないとしています。
この条文も使用者が労働者に与えなければならないとしているので、使用者と一体としてみられる管理監督者にはこのルールが適用されません。

休日に関するルールも適応されない

労働基準法35条は、使用者は労働者に対して、毎週少なくとも1回の休日を与えなければならないとしています。
この規定も使用者が労働者に対して休日を与えるべき旨を規定しているので、管理監督者には適用されません。

判例で見る、管理職(管理監督者)が残業代を請求できる・できない分かれ目

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 3つの要件は個別具体的な事例に基づいて判断される
  • 管理監督者かどうかの判断は難しい。専門家に相談しましょう

先生、もしかしたら私、残業代が請求できるんでしょうか……?社長は認めてくれなさそうですが。猫カフェの仕事自体は好きなので少しでも希望を持ちたいです!

多くの裁判例では、管理監督者性は否定されています。名ばかり管理職と判断されるケースが多いということなので、残業代請求が認められる可能性は高いでしょう。そこで、管理監督者性を争った実際の裁判例を見てみましょう。

裁判例のほとんどが、管理監督者と認めないという判断がされています。

【否定例】日本マクドナルド事件:東京地判平成20・1・28労経速1997号3頁

ファーストフード店の店長のケースです。
【経営・人事権限】

  • 本社が決定した営業時間や新商品の開発に従うことが要求される
  • 経営会議では意見交換などが行われるが、店長が企業全体の経営方針を決定するわけではない

【労働時間管理】

  • 時間外労働が月100時間を超える
  • 社内のルール上、店長が出勤しなければならないケースが多かった

【賃金等の処遇】

  • インセンティブ(報奨金)は、店長だけにあるものではない
  • 他の一般従業員の年収と比べても、大きな差があるわけではない
【否定例】エルライン事件(大阪地裁平成30年2月2日・労判ジャーナル74号54頁)

商社の運輸部門の部長のケースです。
【経営・人事権限】

  • アルバイトの採用の権限及び従業員の処遇を決定する権限が与えられていなかった
  • グループミーティングでは経営方針の指示を受けるのが主で、経営に参画していたとまではいえない

【労働時間管理】

  • 時間外労働は月70~100時間程度で150時間を超える月もあった
  • 労働時間の管理は緩やかとはいえるが、営業時間等の関係で労働時間を自分の裁量のみでは決められない

【賃金等の処遇】

  • 当該部長の給料は基本給23万円、役職手当10万円及び固定残業手当3万円を含め、月額48万円
  • 一般従業員の中でも40~45万円の給料の者がいて、当該部長の給料が特に高いとは言えない
【肯定例】日本ファースト商社事件(大阪地裁平成20年2月8日・労判959号168頁)

有価証券を扱う会社の支店長のケースです。
【経営・人事権限】

  • 毎朝の会議や社員の配置・組織変更は支店長が支店経営の必要性を考えて行っていた
  • 店舗従業員30人を統括しており、事業経営上重要な上位の職責にあった
  • 中途採用者の実質的な採用権限があった

【労働時間管理】

  • 当該支店長の出欠勤や労働時間の報告の必要性はなかった

【賃金等の処遇】

  • 当該支店長には職階に応じた給与が57万円、職責手当が25万円支払われていた
  • 部下の職責手当は、店長で20万円、次長で10万円、課長で2万円が上限となっている
  • 当該支店長の給与合計は82万円で、店長以下より格段に多い給料であった

このように3つの裁判例をみましたが、管理監督者かの判断は、具体的な事案に基づいて行われます。ご自身で判断されるのは非常に難しいものとなりますので、詳細は専門家に相談することをお勧めします。

名ばかり管理職である場合に残業代を請求する手順

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 名ばかり管理職である場合に残業代を請求する手順

今までの話を総合しますと、自分は名ばかり管理職に該当しそうです。このような場合どうやって残業代を請求すればいいですか?

最終的には裁判をするのですが、そこに至るまでの手順にはどのようなものがあるかと一緒に確認しましょう。

管理職として残業代の支給をされていないけれども、実は名ばかり管理職と評価できる場合に、残業代をどのように請求していけばよいかを確認しましょう。

管理監督者でないことを確認する

まず、自分が労働基準法上の管理監督者でないことを確認しましょう。
このページでご紹介したように、管理監督者と認められるためには、非常に厳しい要件を満たす必要があります。
管理監督者に当たるかどうかの判断がつかないのであれば、弁護士に相談してみましょう。

残業した証拠をあつめる

残業代を会社から回収するためには、最終的には裁判をする必要があります。
残業代を請求する裁判をするにあたっては、原告となる労働者側が証拠を持っている必要があります。
そのため、残業代請求の手続を通して、残業した証拠を集めておくことが重要となります。
会社に提出をしてしまうと証拠の保全が難しくなるようなもの(タイムカードなど)は、コピーやプリントアウトをするなど、積極的に収集をしておく必要があります。

管理職ともなるとタイムカードの打刻が不要となることも多いので、メールやSNSをつかった連絡の履歴、パソコンのアクセスログなど客観的な証拠はできる限り集めます。
客観的な証拠を集めるのが難しい場合には、日記への記載なども忘れないようにしましょう。

より細かい記載がある方が証拠として信頼されやすくなりますので、どのような行動をしたかを事細かくメモをしておくようにしましょう。

内容証明郵便で残業代を請求する

残業代は3年で時効にかかることから(ただし、2020年4月1日以降に支払われる賃金に限ります。)、時効にかからないようにする処理をする必要があります。
そのために用いるのが、内容証明郵便です。
内容証明郵便を送ると、いったん時効の完成を止める効力があるので、まず内容証明郵便を送り、会社と交渉をはじめます。

会社と交渉する

内容証明郵便を送った後は会社と交渉をします。
支払義務があることが明白でも、会社としては認めたくないことも多く、多くのケースで「今まで雇ってあげていたのに」と態度を硬化させてくることも考えられます。
お互いの感情面での対立が激化してくると、話が容易にまとまらなくなることもあるので、弁護士に依頼をして緩衝材にすることも検討しましょう。

労働審判・訴訟を起こす

支払いに応じない・金額に争いがある、というような場合には会社との交渉を継続しても平行線をたどるだけということも考えられます。
そのような場合には、法的な手続に出ることが必要となります。
前述したように、最終的には裁判を起こすのですが、労働審判という裁判所で行う話し合いに近い手続の利用も検討します。

まとめ

名ばかり管理職と認定され残業代請求が認められたケースは、決して少なくありません。店長になったために残業代がもらえていないと困っている方は、一度専門家に相談して残業代請求ができるか検討してはいかがでしょうか(弁護士を探したい方は「未払い残業代請求について弁護士の探し方や相談の仕方とは?」を参考にしてみてください。)。