特別受益の持ち戻しとは?

- 特別受益とは生前贈与や遺贈によって特定の相続人が受けた特別な利益のこと
- 特別受益がある場合は相続人間の公平を図るため「持ち戻し」によって相続分を調整する
- 住宅購入資金や不動産の贈与、事業資金の援助などは特別受益にあたる可能性がある
目次
【Cross Talk】特別受益の持ち戻しとは?
特別受益の持ち戻しとは何でしょうか。
相続人のひとりが生前贈与や遺贈によって特別な利益を受けていた場合に、相続人間の公平を図る制度です。
どのような財産が対象になるのでしょうか。実際の計算方法も知りたいです。
特別受益の持ち戻しとは?
親が生前に特定の相続人へ住宅購入資金を援助していたり、事業資金を贈与していたりした場合、その分も相続で考慮されるのかと疑問に思う方もいるでしょう。このような場合に問題となるのが、特別受益の持ち戻しです。特別受益にあたる財産がある場合、特別受益の持ち戻しによって相続分が調整されることがあります。
この記事では、特別受益の基本的な考え方から対象となるケース・ならないケース、持ち戻しの計算方法、持ち戻し免除や時効との関係まで詳しく解説します。
特別受益と「持ち戻し」とは

- 特別受益の持ち戻しは相続人の間で公平を図るための制度
- 特別受益の持ち戻しは法定相続人にのみ適用される
特別受益には持ち戻しがあるのでしょうか。
はい。特別受益を得た相続人は相続分が調整される可能性があります。
特別受益の意味
特別受益とは、共同相続人が被相続人(亡くなった方)から遺贈(遺言書によって遺産を無償で譲ること)または婚姻・養子縁組のため、もしくは生計の資本として贈与を受けたことをいいます(民法903条)。
第九百三条 共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、第九百条から第九百二条までの規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。
引用元:民法 | e-Gov法令検索
引用元:民法 | e-Gov法令検索
持ち戻しの目的
特別受益がある場合、相続人の間で公平を図るため、被相続人が相続開始のときに有していた遺産に上記の贈与の価額を加えたものが相続財産とみなされます。このように特別受益の価額を加算することを、特別受益の持戻しといいます。特別受益の対象になる人の範囲
特別受益の持ち戻しは相続人間での公平性を保つための制度なので、相続人以外が得た財産には適用されません。そのため、特別受益の持ち戻しがあるのは民法に定められた相続人が特別受益を得た場合です。民法では、相続人を以下のように定めています。
・常に相続人となる:配偶者
・第一順位:被相続人の子
・第二順位:被相続人の父母
・第三順位:被相続人の兄弟姉妹
被相続人の子が既に亡くなっている場合には、その子(被相続人の孫)が代襲相続し、代わりに相続人となります。また、父母がともに亡くなっている場合には、第二順位の相続人として祖父母が相続人になります。
特別受益の持ち戻しは、上記の法定相続人にのみ適用されます。
特別受益の対象になるケース

- 結婚資金や住宅取得資金などが特別受益の対象になる
- 特別受益にあたるかどうかは具体的な事情を考慮したうえで判断する
どのような財産が特別受益とみなされるのでしょうか。
いくつかの種類があるので、順番に確認していきましょう。
生前贈与:結婚資金・養子縁組のための贈与
結婚にあたって特定の相続人へまとまった財産が贈与された場合、その内容によっては特別受益に該当することがあります。例えば、持参金や嫁入り道具の購入資金、婚姻後の生活基盤となる資金などは、「生計の資本としての贈与」にあたるとして特別受益と判断されることがあります。
また、養子縁組をする際に実親が養子となる子へ持参金や財産を贈与した場合も、特別受益の対象となる可能性があります。
一方で、結納金や結婚式の費用は、一般的に親族間の交際費や社交上の支出という性質が強いため、特別受益には該当しないと考えられています。
なお、実際には被相続人の資産状況や生活状況、家庭環境、社会的地位のほか、贈与額や当時の経済状況なども踏まえ、相続人間の公平を害するほどの利益を受けたといえるかという観点から個別に判断されます。
生前贈与:住宅取得資金・不動産の贈与
住宅購入資金の援助や不動産の贈与は、特別受益に該当する典型例のひとつです。例えば、住宅購入の頭金や購入資金の援助、土地や建物の贈与、住宅ローンの肩代わりなどは、生計の基礎となる財産を取得させるものとして特別受益と判断される場合があります。
また、不動産そのものの贈与だけでなく、生前の借地権の承継や設定によって相続人に大きな財産的利益を与えた場合も特別受益が問題となります。
特別受益にあたるかどうかは、被相続人の資産状況や贈与額、家庭環境なども踏まえながら、相続人間の公平を害するほどの利益といえるかどうかによって判断されます。
生前贈与:事業資金・事業用財産の贈与
生計の資本の贈与を受けた場合には特別受益となります。生計の資本とは、生計の基礎として役立つような財産上の給付のことをいいますが、親族については扶養義務もある関係で、扶養義務を超えるような贈与が生計の資本の贈与と認定されることになります。 その内容としては、被相続人・相続人が置かれている状況によって一律ではないので、・生計の資本として贈与された財産の額
・どういう趣旨で財産を贈与したか
・被相続人・相続人の社会的地位や経済状況
これらの要素をもとに、扶養義務の範囲を超えるものであるかを判断します。 生計の資本としての典型例としては、
・自宅を建設するために金銭や土地を贈与すること
・独立開業のための資金を贈与すること
・生活費名目でも極めて多額である贈与
がこれにあたります。
生前贈与:学費
被相続人が相続人に高等教育を受けさせるために学費を支出することは、相続人の将来の生計の基礎として役立つものと考えることができます。しかし、高校進学率・大学進学率が上昇した現代にあっては、単に高等教育を受けたというだけでは特別受益と認められるとは限りません。被相続人の資力や社会的地位、学歴、他の相続人との比較などを検討する必要があり、他の相続人と比べて著しい不均衡が生じている場合には、特別受益と判断される可能性があります。遺贈
遺贈とは、遺言によって特定の人に財産を無償で譲ることです。例えば、「長男に自宅を相続させる」「二女に預貯金3,000万円を遺贈する」などの遺言が遺贈にあたります。遺贈によって利益を受けたのが相続人であった場合、その財産は持ち戻しの対象になる場合があります。
遺贈の対象となる財産には現金や預貯金だけでなく、土地・建物などの不動産、株式や投資信託などの有価証券、自動車や貴金属など、さまざまなものがあります。これらの財産を特定の相続人だけが遺言によって取得した場合、その取得した利益が特別受益の対象となる可能性があります。
死因贈与
死因贈与とは、贈与者が死亡したときに財産を移転することを内容とする贈与契約です。遺言によって一方的に行う遺贈とは異なり、死因贈与は贈与者と受贈者の合意によって成立します。死因贈与によって財産を取得した人が相続人である場合、その利益は特別受益として持ち戻しの対象となる場合があります。
特別受益の対象にならないケース

- 扶養義務の範囲内の生活費・学費は特別受益にあたらない
- 特別受益の持ち戻しがあるのは相続人のみ
特別受益の対象にならない財産にはどのようなものがあるのでしょうか。
いくつかの類型があるので、具体的な事例を確認していきましょう。
扶養義務の範囲内の生活費・学費
親子や夫婦などの間には法律上の扶養義務があるため、通常の生活を維持するための生活費の援助や、一般的な教育を受けるための学費の負担は、原則として特別受益には該当しません。また、学費についても、高校や大学への進学が一般的となっている現在では、特別受益の対象とはならない場合もあります。特別受益にあたるかどうかは、被相続人の資産状況や家庭環境、援助の金額や期間、他の相続人との均衡などを踏まえ、扶養の範囲を超える特別な利益を受けたといえるかどうかを考慮して判断します。
法定相続人以外への贈与
特別受益として持ち戻しの対象となるのは、相続人が受けた贈与や遺贈です。そのため、相続人以外への贈与は原則として特別受益にはあたりません。例えば、孫や子の配偶者に対して行われた贈与は通常であれば特別受益の対象外です。もっとも、孫であっても代襲相続によって相続人となっている場合、孫は法定相続人としての地位を有するため、その孫が受けた贈与については特別受益の対象となることがあります。代襲相続とは、本来相続人となるはずだった子が相続開始前に死亡している場合などに、その子(被相続人の孫)が代わって相続人となる制度です。
生命保険金・死亡退職金
生命保険金(死亡保険金)は、保険金受取人の固有財産とされるため、原則として特別受益にあたりません。 ただし、最高裁は「保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、当該死亡保険金請求権は特別受益に準じて持戻しの対象となると解するのが相当である。」としています(最決平成16・10・29民集58・7・1979)。相続人が一人しかいない場合
特別受益は、複数の相続人で共同相続をする際に、相続人の一人が利益を得ているものを調整するための規定です。そのため、そもそも相続人が一人しかいない場合には、相続人の間で調整を行う必要がありません。
そのため、相続人が一人しかない場合には、特別受益は考慮しません。
受益者が相続放棄をした場合
特別受益は、生前贈与等を受けた方が、相続する額を少なくして、共同相続人の間で調整をはかろうとするものです。そのため、その方が相続放棄をした場合には、特別受益を考慮する必要はありません。
そのため、特別受益を受けた方が相続放棄をした場合には、特別受益は考慮しません。
なお、特別受益を受けた方が死亡・相続欠格・相続人の廃除などの場合には、代襲相続が発生します。
このときに代襲相続人は、特別受益を受けた相続人の地位に基づいて相続するので、特別受益は考慮します。
相続財産がマイナスの場合
特別受益は、遺産分割する遺産がある場合に問題となります。しかし、相続財産がマイナスの場合には、誰に多く配分して・誰に少なく…という問題は生じません。
そのため、相続財産がマイナスの場合にも、特別受益は考慮しません。
持ち戻しの計算方法(3ステップ)

- みなし相続財産をもとに持ち戻しを計算する
- 各相続人の相続分を出したら最後に特別受益を差し引く
持ち戻しはどのように計算するのでしょうか。
具体的な事例をもとに実際に計算してみましょう。
STEP1:みなし相続財産を計算
みなし相続財産とは、相続開始時に残っていた遺産に特別受益として受けた財産の価額を加えたものです。以下のケースで、実際にみなし相続財産を計算してみましょう。
・預貯金:3,000万円
・自宅不動産:2,000万円
・長男への住宅購入資金の贈与(特別受益):1,000万円
この場合、実際に相続開始時に残っている遺産は預貯金3,000万円、自宅不動産2,000万円で合計5,000万円ですが、長男が生前に受けた1,000万円を特別受益として加算するため、みなし相続財産は6,000万円となります。
STEP2:法定相続分をかけて具体的相続分を算出
STEP1で算出したみなし相続財産を基に、各相続人の具体的相続分を計算します。先ほどの事例では配偶者と長男の2人が相続人となり、法定相続割合は以下の通りです。
・配偶者の法定相続分:2分の1
・長男の法定相続分:2分の1
みなし相続財産6,000万円をそれぞれの割合で計算すると、配偶者と長男は3,000万円ずつの相続分となります。
この3,000万円が、みなし相続財産を基に算出した各相続人の具体的相続分となります。
STEP3:特別受益を受けた相続人から特別受益分を控除
STEP2で算出した具体的相続分から特別受益分を差し引きます。先ほどの事例では、長男が住宅購入資金として1,000万円の特別受益を受けているため、その分を相続財産から差し引きます。
・配偶者:3,000万円
・長男:3,000万円-1,000万円=2,000万円
上記の計算から、遺産分割で取得する額は配偶者が3,000万円、長男が2,000万円となります。
計算シミュレーション①:子2名で双方に特別受益があるケース
被相続人Aの相続人は子どもにあたるBとCの2名であり、Aの相続開始時の遺産は3500万円、BはAから生前に生計の資本として1500万円の贈与を受けており、CはAから遺言書により1000万円の遺贈を受けることになったとします。まず、Aの相続開始時の遺産3500万円に特別受益にあたる贈与1500万円を加算した5,000万円が相続財産になります。BとCはどちらもAの子どもですから、法定相続分は各自1/2になります。したがって、Bの具体的な相続分は、 5,000万円(相続財産)×1/2-1500万円(特別受益)=1000万円 となります。 また、Cの具体的な相続分は、 5,000万円(相続財産)×1/2-1000万円(特別受益)=1500万円 となります。 Cはこれに加えて遺言書による遺贈で1000万円を取得しています。
そうすると、BもCも特別受益と具体的相続分を合わせれば2500万円ずつ取得することになり、BとCの公平が図られているのです。なお、特別受益の額が大きい場合、計算によって算定した具体的相続分がマイナスになることがありえますが、マイナスを返す(マイナス分を他の相続人に支払う)必要はないとされています。
例えば、上の例でBが4500万円の贈与を受けていた場合、BとCの具体的相続分は計算上 B:(3500万円+4500万円)×1/2-4500万円=-500万円 となりますが、Bは相続分がなくなるだけで500万円を補填する必要はありません。結果的に、Cが3500万円を相続して終わりということになります。
計算シミュレーション②:配偶者+子2名で1人に特別受益ありのケース
被相続人に配偶者と子2人(長男・長女)がいるケースを考えてみましょう。長男は生前に住宅購入資金として1,000万円の贈与を受けており、この贈与が特別受益にあたるものとします。・預貯金:4,000万円
・自宅不動産:2,000万円
・長男への住宅購入資金の贈与(特別受益):1,000万円
まず、上記の合計からみなし相続財産7,000万円となり、各相続人の具体的相続分を計算します。
・配偶者の法定相続分:2分の1
・長男の法定相続分:4分の1
・長女の法定相続分:4分の1
具体的相続分は以下のとおりです。
・配偶者:7,000万円×1/2=3,500万円
・長男:7,000万円×1/4=1,750万円
・長女:7,000万円×1/4=1,750万円
長男には特別受益があるので、上記の相続分から差し引きます。
・配偶者:3,500万円
・長男:1,750万円-1,000万円=750万円
・長女:1,750万円
したがって、遺産分割で取得する額は、配偶者が3,500万円、長男が750万円、長女が1,750万円となります。
計算シミュレーション③:子のみ複数で1人に特別受益ありのケース
被相続人に子3人(長男・二男・長女)がおり、配偶者はいないケースを考えてみましょう。長男は生前に事業資金として900万円の贈与を受けており、この贈与が特別受益にあたるものとします。・預貯金:3,600万円
・長男への事業資金の贈与(特別受益):900万円
まず、上記の合計からみなし相続財産4,500万円となり、各相続人の具体的相続分を計算します。
・長男の法定相続分:3分の1
・二男の法定相続分:3分の1
・長女の法定相続分:3分の1
具体的相続分は以下のとおりです。
・長男:4,500万円×1/3=1,500万円
・二男:4,500万円×1/3=1,500万円
・長女:4,500万円×1/3=1,500万円
長男には特別受益があるので、上記の相続分から差し引きます。
・長男:1,500万円-900万円=600万円
・二男:1,500万円
・長女:1,500万円
したがって、遺産分割で取得する額は、長男が600万円、二男が1,500万円、長女が1,500万円となります。
持ち戻し免除の意思表示

- 特別受益の持ち戻しは被相続人の意思表示によって免除できる
- 遺留分計算において免除は認められない
特別受益の持ち戻しは免除できるのでしょうか。
はい。民法上は被相続人の意思表示によって免除できると規定されています。
持ち戻し免除とは
被相続人が民法903条1項の規定と異なった意思表示をしたときは、その意思に従うとされています(民法903条3項)。したがって、被相続人が持ち戻しを免除する意思表示をしたときは、特別受益を受けた者は、その利益を保持できることになります。ただし、特別受益にあたる贈与などにより、他の相続人の遺留分を侵害した場合、遺留分侵害額請求は受ける可能性がある、とするのが一般的な考え方です。免除の意思表示の方法
持ち戻し免除の意思表示の形式は特に定められていません。明示の意思表示に限らず、黙示の意思表示であっても構わないとされていますが、どのような場合に持ち戻し免除の黙示の意思表示があったとみるかは難しい問題です。遺言書に考慮しないとの記載
遺言書に特別受益の持ち戻しを行わない旨を記載することで、特別受益を考慮しないことも可能です。特別受益の根拠である民法903条は、3項で「被相続人が前二項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思に従う。」と規定しています。
つまり、特別受益を考慮しないで遺産分割をさせることが可能となっています。
条文では遺言書に記載があることまでは要求していませんが、口頭で述べただけでは本当にそのような意思表示があったと証明することができないので、通常は遺言書に記載します。
なお、生前贈与については、生前贈与契約書に記載することもあります。
なお、婚姻期間が20年以上の夫婦が、居住の用に供する建物・敷地を贈与・遺贈した場合には、特別受益として考慮しないことが推定されることになっています(民法903条4項)。
そのため、遺言書に記載がなくても、他の相続人が反証できない限り、裁判では特別受益の持ち戻しがなく、特別受益として住宅の贈与を考慮しないで遺産分割をすることとなります。
詳しくは、「遺言書の効力の具体例!有効期限についても解説!」をご確認ください。
改正民法903条4項:おしどり贈与の持ち戻し免除の推定
2019年に施行された改正民法によって、婚姻期間が20年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物またはその敷地について遺贈または贈与をしたときは、持ち戻し免除の意思表示があったものと推定されることになりました(民法903条4項)。免除推定が覆る具体例
先ほど説明したように、婚姻期間20年以上の夫婦間で行われた居住用不動産の贈与などについて、持ち戻し免除の意思表示があったものと推定されます。もっとも、これはあくまで推定であるため、必ず持ち戻しが免除されるという意味ではありません。相続人が反対の事情を立証した場合には、この推定が覆される可能性があります。
例えば、被相続人が生前から「この贈与も他の財産と同様に相続の際に考慮してほしい」と話していた場合や、遺言書に持ち戻し免除の意思がないことをうかがわせる記載がある場合などには、推定が覆る余地があります。
また、居住用不動産の贈与が夫婦の生活保障という目的ではなく、単に一時的な節税対策や財産管理上の理由で行われたことが明らかな場合も、持ち戻し免除の推定が問題となる可能性もあります。
実際には、被相続人の意思や贈与の経緯、家族関係などさまざまな事情を総合的に考慮して判断されるため、おしどり贈与に該当するからといって必ず持ち戻しが免除されるとは限りません。
遺留分計算では免除は認められない
遺留分とは、兄弟姉妹以外の一定の相続人に法律上保障された最低限の相続分のことです。遺留分の計算において、特別受益の持ち戻し免除は原則認められません。なぜなら、持ち戻し免除を自由に認めてしまうと他の相続人の遺留分を実質的に減少させることができてしまい、相続人の最低限の権利を保護するという遺留分制度の趣旨に反するからです。
そのため、持ち戻し免除の意思表示があったとしても、それだけを理由として遺留分の計算から特別受益を除外することはできません。
相続分と遺留分での持ち戻しの違い

- 相続分の持ち戻しと遺留分の持ち戻しは制度に異なる点がある
- 遺留分には持ち戻しの免除がない
相続分と遺留分では持ち戻しの内容は違うのでしょうか。
はい。両者の違いについて確認していきましょう。
相続分の計算における持ち戻し
ここまで説明してきたとおり、特別受益の持ち戻しは遺産分割において各相続人の公平を図るための制度です。例えば、ある相続人が生前に住宅購入資金や事業資金の援助を受けていた場合、その利益を考慮せずに遺産を分けると相続人間に不公平が生じるおそれがあります。そこで、特別受益として受けた財産を一度相続財産に持ち戻したものとみなして相続分を計算します。
この相続分計算における持ち戻しには時効はありません。もっとも、相続開始から10年を経過した後の遺産分割については、原則として特別受益や寄与分を考慮した具体的相続分による分割はできなくなります。
また、実際に持ち戻しが認められるかどうかは贈与の内容や金額、被相続人の意思など個別の事情を踏まえて判断されます。
遺留分の計算における持ち戻し
遺留分を計算する際にも、生前贈与や遺贈が考慮されることがあります。ただし、相続分の計算における持ち戻しとは異なり、原則として相続開始前1年間に行われた贈与が遺留分計算の対象とされます(民法1044条)。また、相続人に対する贈与については例外が設けられており、婚姻や養子縁組のための贈与、生計の資本としての贈与については相続開始前10年間が持ち戻しの対象となります。
相続分と遺留分の持ち戻しの違い
相続分と遺留分の持ち戻しの違いについて表で整理すると、以下のようになります。| 相続分の計算 | 遺留分の計算 | |
|---|---|---|
| 制度の目的 | 相続人間の公平を図る | 遺留分権利者の最低限の取り分を確保する |
| 根拠条文 | 民法903条 | 民法1043条・1044条 |
| 持ち戻しの対象 | 特別受益にあたる贈与・遺贈 | 遺留分算定の基礎となる贈与・遺贈 |
| 期間制限 | 相続開始から10年 | 原則1年、相続人への特別受益は10年 |
持ち戻し免除の扱いも相続分と遺留分で異なる
相続分の計算では、被相続人が持ち戻し免除の意思表示をしていた場合、特別受益として受けた贈与や遺贈を持ち戻しの対象から外すことができます。また、婚姻期間20年以上の夫婦間で居住用不動産の贈与などが行われた場合には、持ち戻し免除の意思表示があったものと推定される制度も設けられています。一方、遺留分の計算では持ち戻し免除は認められません。なぜなら、被相続人の意思だけで自由に持ち戻し免除を認めてしまうと、法律が遺留分制度によって保障しようとしている相続人の最低限の取り分を容易に減少させることができてしまうためです。
持ち戻しの時効と主張期限

- 2023年の民法改正によって持ち戻しの主張期限について新たな規定が設けられた
- 相続開始から10年経つと持ち戻しの主張ができなくなる
特別受益の持ち戻しには時効がないので、期間制限がないということでしょうか。
いいえ、時効とは別に期間制限があるので注意してください。
持ち戻し自体に時効はない
特別受益には時効がありません。したがって、相続の何十年も前の学費や婚姻のための贈与等であっても、特別受益に該当する可能性があります。ただし、贈与から長期間が経過すると、贈与財産の価額に変動が生じる可能性があります。そのため、特別受益は、相続開始時の価額で評価する(贈与財産が金銭の場合は相続開始時の貨幣価値に換算する)こととされています。相続開始から10年経過後は原則として考慮されない
特別受益に時効はありませんが、相続開始の時から10年を経過したあとにする遺産の分割には適用されません(民法904条の3)。そのため、特別受益が認められれば本来は多くの財産を取得できたはずの相続人であっても、相続開始から10年が経過したあとは、原則として特別受益を考慮せずに遺産分割が行われることになります。
2023年改正のポイント
2023年4月の改正前民法では、特別受益の持ち戻しの期限に関する規定はありませんでしたが、民法改正により、上記のような相続開始から10年経過後の遺産分割では特別受益の持ち戻しの主張できないというルールが新設されています。このように、2023年改正によって特別受益や寄与分の主張には実質的な期限が設けられたため、特別受益が問題となる場合には、相続開始後できるだけ早い段階で遺産分割の手続きを進めることが重要です。
不動産など評価が難しい財産の扱い

- 特別受益は相続開始時の価額で評価する
- 評価でもめたら専門家への依頼も検討が必要
持ち戻しとなる財産を計算するうえで、評価の難しい財産もありそうです。
はい。不動産などは評価方法が複数あるので、そういった場合の考え方も知っておきましょう。
特別受益は相続開始時の価額で評価する
特別受益の持ち戻しでは、贈与時の価額ではなく原則として相続開始時の価額を基準として評価します。これは、相続人間の公平を図るためには贈与財産が相続開始時まで残っていたものと仮定して計算するのが適切と考えられているためです。そのため、贈与から相続開始まで長期間が経過している場合であっても、贈与時の価額ではなく相続開始時の価額を基準として特別受益額を算定します。
実際にどのような方法で不動産の価額を評価するのかについては、次で詳しく解説します。
評価方法は時価・路線価・固定資産税評価額など
不動産の評価方法には、主に以下のようなものがあります。・時価
・路線価
・固定資産税評価額
・公示価格
時価とは、実際に市場で売買されると考えられる価格のことです。不動産会社の査定額や近隣の取引事例などを参考に判断されます。
路線価とは、国税庁が公表する土地の評価額のことです。相続税や贈与税の計算で用いられ、一般的には時価の8割程度が目安とされています。
固定資産税評価額とは、市区町村が固定資産税を算定するために定める評価額のことです。固定資産税納税通知書や固定資産評価証明書で確認できます。
公示価格とは、国土交通省が毎年公表する土地の標準的な価格のことです。土地取引や各種評価の基準として利用されています。
遺産分割では、不動産の実勢価格(時価)を基準に評価することが一般的です。ただし、相続人全員が合意している場合には固定資産税評価額や路線価などを参考にすることもあります。評価額について争いがある場合には、不動産鑑定士による鑑定評価が参考にされることがあります。
贈与後に滅失・増減した場合の扱い
受贈者の行為によって贈与財産が滅失した場合や価格の増減があった場合であっても、その財産が相続開始時まで原状のまま残っていたものとみなして特別受益を評価します(民法904条)。例えば、土地を造成して価値が上昇した場合でも、造成による価値上昇がなかったものとして相続開始時の価額を評価します。
これは、受贈者自身の行為によって財産の価値が増減したときに、その影響をそのまま反映すると相続人間の公平を害するおそれがあるためです。
評価でもめた場合の対処
当事者同士で評価額について合意できない場合には、不動産鑑定士へ鑑定を依頼する方法があります。不動産鑑定士は立地や面積、利用状況、周辺の取引事例などを踏まえ、不動産の適正な価額を専門的な立場から判断します。鑑定には費用がかかるものの、客観的な評価資料として利用できるため、相続人間の話し合いや調停・審判においても重要な資料となります。
不動産の評価額は最終的な相続分に大きく影響するので、評価を巡る争いが生じた場合には不動産鑑定士や弁護士への相談を検討するとよいでしょう。
他の相続人が持ち戻しに応じない場合の対処法

- 持ち戻しを主張するためにはまず証拠を集める
- 当事者同士で解決できない場合は家庭裁判所で調停や審判を申し立てる
持ち戻しの主張はどのように行うのでしょうか。
まずは当事者同士で話し合いますが、場合によっては裁判所で争うことになります。
証拠の集め方(通帳・登記簿・贈与契約書など)
特別受益を主張するのは、通常は「他の相続人に特別受益がある(だから自分の方が多く相続すべきだ)」と主張する場面です。そうなると、他の相続人が特別受益を受けたことをすんなりと認めるとは限りませんので、特別受益に関する証拠を集めておく必要があります。特別受益に関する証拠としては、贈与に関する証拠(契約書、預貯金口座の通帳・取引明細、不動産の全部事項証明書など)や贈与の価額に関する証拠(不動産の固定資産評価証明書・査定書、貨幣価値の変動に関する資料など)が考えられます。
当事者同士の話し合い
まずは相続人の間で遺産分割協議を行い、その中で証拠を示して特別受益についての主張をすることになります。特別受益を考慮したうえで遺産の分割方法について合意ができれば、遺産分割協議書を作成します。遺産分割調停で解決
遺産分割協議がまとまらず、合意ができない場合、家庭裁判所に遺産分割調停の申立てをし、そこで特別受益の主張をすることになります。調停とは、裁判所の調停委員会を介して話し合いをする手続きです。ここで特別受益をふまえた遺産分割の合意ができれば、調停成立となり、事件は終了します。
遺産分割審判で解決
調停で話し合いをしても合意ができない場合、調停は不成立となり、審判という手続きに自動的に移行します。審判では、裁判所が特別受益の有無等を考慮したうえで遺産の分割方法を判断します。裁判所の判断に不服がある場合には、高等裁判所に不服申立て(抗告といいます)をすることができます。このように、特別受益については遺産分割の調停、審判の中で判断されることになっています。
よくある質問

- 代襲相続が発生しても特別受益の持ち戻しは適用される
- 相続放棄をした相続人の特別受益は持ち戻されない
代襲相続や相続放棄との関係も気になります。
特別受益と他の制度との関係も整理しておきましょう。
代襲相続人の特別受益はどう扱う?
代襲相続が発生した場合でも、特別受益の持ち戻しは適用されます。ただし、被代襲者が受けた贈与なのか、代襲相続人自身が受けた贈与なのかによって取り扱いが異なります。まず、本来の相続人であった被代襲者が特別受益を受けていた場合、その特別受益は代襲相続人にも引き継がれます。一方、代襲相続人自身が受けた贈与については、一般的に代襲相続人となる前の贈与は特別受益に当たらないと考えられていますが、代襲相続人となったあとの贈与は特別受益となる可能性があります。
このように、代襲相続人の特別受益は誰がいつ贈与を受けたのかによって結論が異なるため、個別の事情に応じた検討が必要です。
相続放棄をした相続人の特別受益は?
特別受益は、生前贈与等を受けた方が、相続する額を少なくして、共同相続人の間で調整をはかろうとするものです。そのため、その方が相続放棄をした場合には、特別受益を考慮する必要はありません。
そのため、特別受益を受けた方が相続放棄をした場合には、特別受益は考慮しません。
なお、特別受益を受けた方が死亡・相続欠格・相続人の廃除などの場合には、代襲相続が発生します。
このときに代襲相続人は、特別受益を受けた相続人の地位に基づいて相続するので、特別受益は考慮します。
寄与分と同時に主張できる?
特別受益と寄与分は同時に主張することが可能です。特別受益と寄与分は制度の趣旨や要件が異なるため、どちらか一方を主張した場合に他方を主張できなくなるわけではありません。例えば、生前贈与などによる特別受益が問題となる一方で、被相続人の介護や事業への貢献などによって寄与分も認められるケースでは、それぞれの要件さえ満たせばどちらも主張することができます。
他の相続人が「持ち戻し」を主張しない場合は?
明らかに特別受益があったとしても、他の相続人が持ち戻しを主張しない場合もあります。特別受益によって不利益になっている方が主張するための制度なので、特別受益の持ち戻しは必ずしなければならないのではなく、持ち戻しを主張されない場合にはそのまま遺産分割を進めて構いません。
生前贈与と贈与税の関係

- 相続税を抑えるには暦年課税の控除を活用する
- 暦年課税の持ち戻し期間は相続開始前7年以内
生前贈与と贈与税の関係について教えてください。
暦年課税と相続時精算課税制度の内容を押さえておきましょう。
暦年課税とは
暦年課税とは、1年間に受けた贈与の額が基礎控除額である110万円を超える場合に、その翌年に贈与税の申告・納税を行う課税方法です。贈与税の申告期間は、原則として贈与を受けた年の翌年の2月1日から3月15日までです(期限が土日祝日の場合は翌開庁日となります)。相続時精算課税制度とは
相続時精算課税制度とは、60歳以上の父母または祖父母などから、18歳以上の子または孫などに対して贈与をする場合の相続税の制度で、複数年にわたって最大2,500万円までを控除・2,500万円を超える部分については一律20%の税率で課税し、相続発生時に相続した財産の額を合計して相続税を支払うという制度です。この方式を選ぶためには申告が必要で、一度申告をすると元に戻すことはできません。
暦年課税の持ち戻し期間は相続開始前7年以内
暦年課税制度では、贈与者が死亡した場合、一定期間内の生前贈与を相続財産に加算して相続税を計算します。これを生前贈与加算といいます。2024年の税制改正により、生前贈与加算の対象期間は従来の相続開始前3年以内から相続開始前7年以内へ段階的に延長されています。
相続開始前3年以内の贈与は全額が加算されますが、3年超7年以内の贈与については合計100万円を控除した金額が加算されます。
まとめ
このページでは、特別受益とその持ち戻しを中心にお伝えしました。生前贈与や遺贈で相続におけるバランスが崩れることを是正するための制度が特別受益なのですが、細かい規定がたくさんあり、またその額の認定で当事者によって意見が食い違うということも珍しくありません。特別受益の主張で争いになる場合には、弁護士に相談するようにしてください。
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この記事の監修者
- 東京弁護士会 / 一般社団法人日本マンション学会 会員
- 一見複雑にみえる法律問題も、紐解いて1つずつ解決しているうちに道が開けてくることはよくあります。焦らず、急がず、でも着実に歩んでいきましょう。喜んですぐそばでお手伝いさせていただきます。
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