はじめに
遺言書が残されている場合、「その内容は必ず守らなければならない」と考える方は多いでしょう。
確かに遺言書には法的な効力があり、原則として記載どおりに遺産を分けることになります。
しかし、相続人全員が合意しているのであれば、遺言書と異なる内容で遺産分割協議を行うことも可能です。
ただし、そこには条件や注意点があり、安易に進めると将来的なトラブルにつながるおそれもあります。
本記事では、遺言書がある場合でも遺産分割協議ができる場合や必要な手続き、リスク回避のポイントについてわかりやすく解説します。
遺言書があるときの大原則
そもそも、遺言書がある場合の相続手続きはどのように進められるのでしょうか。
まず、遺言書があるときの相続の処理の大原則について確認しましょう。
遺言書があるとどうなるのか
ある人が亡くなった際に遺言書がある場合は、その遺言書は民法の規定に基づく法定相続分よりも優先されます。
例えば、遺産として預貯金500万円・不動産(価値1,000万円)のある方が亡くなり、相続人が妻・子ども1人だけである場合についてみてみましょう。
この場合、遺言書なしに亡くなった場合は、全ての財産が共有となり、法定相続分はそれぞれ1/2になります。
そして、妻と子どもはこの割合を参考に遺産分割協議をおこないます。
一方で、「不動産は妻に、現金は子どもに」という遺言書があった場合には、不動産の所有権は妻に、預貯金は子どもが相続することになります。
遺言書に遺産の全部を記載しているならば遺産分割協議は不要
遺言書の中で遺産の全てについて相続方法が記載されている場合は、ほかに分割するものがないので、遺産分割協議は不要です。
人の財産の全てを遺産に記載するのは難しいのですが、「その他の財産」という項目を設けることで遺産の全てをカバーする遺言書を作成することがほとんどです。
一部の遺産のみについて遺言書が書かれているのであれば残った部分についての遺産分割協議をする
遺言書で、一部の遺産のみについてしか書かれていない場合、残った部分についての遺産分割協議を行います。
なお、このときに相続人の一人が遺言書で何かしらの遺産をもらっていた場合には、「特別受益」を受けていたという扱いをしたうえで遺産分割協議をしなければなりません。
特別受益については、「相続の特別受益とその持ち戻しとは?計算方法についても解説」こちらのページで詳しく解説していますので、参考にしてください。
遺言書と異なる遺産分割協議ができる場合
遺言書の中には相続人の一部や相続人全員が納得いかないようなものもあります。
とはいえ、遺言書は遺言者の最終意思表示なので最大限尊重されなければなりません。そのため、当事者が納得いかなくても従わなければならないのが原則です。
しかし、相続人全員が遺言書の内容に不満をもっており、かつ相続人全員が別の分割方法に合意をしている場合にまで、この原則のとおりにしなければならないとするのは不都合です。
そこで、相続人・受遺者全員が、遺言書の内容を知ったうえで、遺言書の内容と異なる遺産分割協議をすることに同意すれば、遺言書の内容とは異なる内容の遺産分割も認められます。
ただし、遺言書で相続人以外の第三者に遺贈がされている場合には、受遺者も遺言書の内容と異なる遺産分割協議をすることに合意している必要があります。
特定遺贈・包括遺贈の放棄
遺言書と異なる内容で遺産分割協議を行う場合は、相続人以外の受遺者の合意も必要です。
そして、合意した受遺者については遺贈の放棄をすることになりますが、遺贈には特定遺贈と包括遺贈の2種類があり、それぞれ放棄の方法が異なります。
遺贈の種類 | 概要 | 放棄の方法 |
---|---|---|
特定遺贈 | 特定の財産を指定して遺贈すること | 相続人に対して遺贈を放棄する旨を伝える |
包括遺贈 | 遺産について割合を指定して行う遺贈のこと | 家庭裁判所に申述する |
第三者へ遺贈する内容の遺言書がある場合、遺贈がどちらに当てはまるのかを確認して適切な手続きを行いましょう。
遺産分割協議は遺言書の内容を知っている場合でなければならない。
遺言書がある場合でも、遺産分割協議で相続人や受遺者全員で合意できれば遺言書と異なる内容の遺産分割も可能です。
ただし、この場合には合意をする相続人や受遺者などが遺言書の内容を知っている場合でなければなりません。
遺言書で自分に有利な遺言がされているのを知っている場合には、これと異なる遺産分割を提案されても断ることが可能です。
遺言執行者がいる場合には異なる配慮が必要
被相続人が遺言書を残している場合、遺言執行者を指定していることがあります。
遺言執行者には、遺言書の内容に記載されていることを実現する権利と義務があります。
そして、相続人全員(受遺者がいる場合には受遺者も)が合意しているからといって、法律上は遺言執行者の義務が免除されるわけではありません。
そのため、遺言書と異なる遺産分割を行う場合は、遺言執行者の合意も必要となります。
なお、遺言執行者は親族や、遺言書を作成した際に依頼を受けた弁護士などが就任するのが通常です。親族が引き受けたような場合には問題ないのですが、弁護士などの専門家が遺言執行者を引き受けた場合には、報酬の支払いなどに配慮が必要となることを覚えておきましょう。
遺言書とは異なる内容の遺産分割協議をするためのポイント
遺言書とは異なる内容の遺産分割協議をする際、最大のポイントは遺言書で利益を受けている方の合意を得られるかどうかです。
そのため、遺言によって利益を得ている相続人に対して、ほかの相続人がその内容を改めるようにお願いすることになります。
お願いをする際は、被相続人がどうしてこのような遺言をすることになったのかをきっちり調べたうえで、その遺言書を改める必要性を丁寧に説明するようにしましょう。
遺言書と異なる遺産分割協議ができない場合
遺言書がある場合でも、相続人や受遺者の合意があれば遺産分割協議が可能ですが、一方で以下のような場合は遺産分割協議を行うことはできません。

- 相続人以外の受遺者が合意してくれない
- 遺言書で遺産分割することを禁止されている
それぞれについて、詳しくみていきましょう。
相続人以外の受遺者が合意してくれない
遺言書では、相続人以外の人に遺贈をしている場合があります。このとき遺贈を受けた方は遺産を受け取ることができますが、この権利を相続人のみの合意で一方的になくすことはできません。
そのため、受遺者が合意してくれないときには、相続人全員の合意だけで遺産分割はできず、受遺者が遺贈を放棄する必要があります。
遺言書で遺産分割することを禁止されている
遺言書では、最大5年間遺産分割を禁止することができます。遺産分割が禁止されている間は、いかに相続人や受遺者全員が合意していても遺産分割をすることができません。
遺言書の内容に納得できない場合の対処方2選
遺言書の内容に納得できず、遺産分割協議も難しい場合は、以下のような対処法を検討しましょう。

- 遺言無効確認請求訴訟
- 遺留分侵害額請求
それぞれの方法について、詳しく解説します。
遺言無効確認請求訴訟
一つは、遺言無効確認を求めて訴訟を起こすことです。
遺言書を作成する際には、遺言書の内容を理解する遺言能力が欠かせません。例えば、遺言書を作成したときに重い認知症を患っており、自分の意思で遺言書を作成できなかったといえるような場合には、遺言能力を欠いていると判断され、遺言書が無効になる場合があります。
遺留分侵害額請求
遺言書が有効で、当事者で遺言書と異なる合意もできない場合には、遺言書の内容に従うこととなります。しかし、遺言書の内容が相続人の遺留分を侵害する場合には、遺留分侵害額請求を行うことができます。
遺留分とは、一部の相続人に認められた最低限の取り分のことです。
例えば、「遺産を全て長男に相続する」といった遺言の場合、遺留分を侵害されている可能性が高いので、遺留分侵害額請求によって遺留分相当の金銭を取り返すことが可能です。
さいごに
遺言書は、被相続人の最後の意思表示であることから最大限尊重すべきではあるのですが、相続人・受遺者全員が反対しているときにまで強制的に効力が発生するというのはやはり不合理です。
また、全員の合意をもとに遺言書の内容と異なる遺産分割をすることは可能ですが、きちんと合意をしているか、その合意が後に紛争の元にならないか、弁護士と相談をしたほうがよいといえるでしょう。

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